読書ノート 9月

■良い経済学 悪い経済学 ポール・クルーグマン 2000/9/13

 −−国家間の競争に勝たなければならない。貿易が自由化され発展途上国の製品が入ってくればアメリカでは失業者が増える−−。
 こういう「常識」に対して、「国と国の競争」という概念は意味がないと主張する。
 たとえばNAFTAが締結される際、メキシコからの製品がアメリカに流入し、製造業が衰退し失業する、という「常識」に対し、「メキシコの経済力は1つの州程度であり、影響はGDPと比べたらごく微量にすぎない。自由化が雇用や所得に重大な影響を与えるというのはウソ」と断言する。
 米国で製造業従事者が減っているのは、生産性が増して人がいらなくなり、生産性が伸びないサービス業に人が回ったことによる。失業が増えたり、賃金が下がったりするのは国内的な要因の方がはるかに重大だ。たとえば金利を1パーセント変えるだけで失業者数はどっとかわる。国内的に重要なのはむしろ生産性である……、ということを詳細にデータを分析して説いている。
 先進国と途上国の2つの国で、先進国側がどの商品でも生産性が高い場合、途上国の賃金が低下する。それによって、より生産性がより高い商品を先進国は輸出し、比較的生産性が低い物を途上国に輸入することになる。どちらが損をするわけでもない。貿易というのは競争ではなく、お互いに利益になるようになる。「貿易の目的は輸入すること。必要なものを輸入するために輸出もする」という前提で考えるべきだという。
 東南アジアの経済成長については、かつてのソ連経済の成長と比較して論じている。
 1950年代のソ連の経済躍進の時代、「いずれ欧米を追い越す」と喧伝された。が、ソ連の成長は、労働力や資本などの生産要素を集中的に投入したことによるものでしかなかった。民衆が生活レベルを現状で我慢して投資に回すことによって成り立つ投入主導の成長であり、投入できる生産要素が枯渇すれば成長は止まってしまう。生産性の向上による成長部分はほぼゼロだった。
  一方、欧米や日本は生産性の向上による部分が大きかった。
 シンガポールの経済成長を分析したら、生産性向上はほぼ見られず、ソ連型だった。だからいずれは停滞せざるを得ない。そこから彼はアジア経済危機を予言していた。
 サリナス大統領になったメキシコが、「自由化と通貨の安定」によって投資が集中し、急速に成長した。だがこれは、投資家が「自由市場と通貨価値の維持」によって経済が成長すると信じ、経済の実態以上に「評価」していたことによる。改革の成果が評価されたのではなく、改革の将来性が信用されただけだった。もし、その効果が出てこなかったり、時間がかかったりすれば、深刻な事態に陥る。そう彼が書いたちょっと後にペソ暴落が起きた。
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 「競争力」などの常識的な議論をデータで覆す議論は迫力がある。  WTOなど貿易自由化の怖さばかりに僕は目がいっていたけど、おそらく国レベルで見たら、どちらかが勝ってどちらかが負ける、ということはないと考えていいのかもしれない。
 ただ、日本の林業が荒廃した最大の原因は関税が下がったことによる輸入材の輸入拡大によるものではなかったのか。オレンジ自由化によるミカン農家の被害はどうなのか、と個別に考えていくと、「国全体では利益は均衡している。保護を求めるのは業界のエゴだ」と言い切って、保護をいっさいやめるべきとも思えない。
 環境や不動産など、市場にゆだねるべきでない「公共財」とも言うべきものがあるのではないのか。その部分をクルーグマンはどうとらえているのか知りたいと思った。

■グローバル経済を動かす愚かな人々 ポール・クルーグマン 
早川書房2000/9/21(要約)

 ▽レーガンに代表されるサプライ・サイドの経済学は、政府予算の歳出が減っても、減税さえすれば経済はうまくいく、という考え方に基づいている。供給側面だけを重要とし、すべての悪い面は税の引き上げのせいにする。クリントンが高所得者に対して93年に増税したとき、これを信奉する学者らは経済は破綻すると予言した。実際はそうはならなかった。が、いまもその一派は力を持っている。それは、富裕層は研究期間やシンクタンクを牛耳り、フォーブスやウォールストリートジャーナルといった新聞・雑誌に影響力を及ぼしているからだ。
 まさにそれと同じことが、日本の規制緩和論者が主張している。法人税や所得税の減税(高額所得者のみ)を言うのはこの流れである。結果的に所得の再分配機能がなくなっていく。
 ▽逆に、左派を中心とするグローバリゼーション批判にも異論を唱える。
 「国家は力をなくし、国際的なマーケットのなすがまま」という考え方が、社会の不安定化や通貨の下落をグローバリゼーションのせいにしてしまう。本来もっとも責任が大きい、国内的な政治的なミスを免責してしまうことになる。宿命論を植え付けてしまうという。
 ▽輸出部門の国内産業に与える影響も重視する。
  韓国や台湾はそれを重視して成功した例で、フィリピンは輸出主導型に参加しなかったがために遅れたと見る。外資による第3世界への工場進出を批判的にとらえることが多いが、いろいろな問題があるとはいえ、賃金の上昇をもたらしている。実質上はそれ以上の政策を見つけだすことはできないという。
 ▽中国の貿易黒字が問題になっていることに対して、「ニューヨークが独立すればアメリカの赤字はなくなる」と説く。その証拠に香港は貿易赤字だからだ。新興経済では、モノやサービスの生産が伸びても消費はそれほどには増えない。だから黒字になる。ちなみにロシアは、外貨の多くを政府の幹部がくすねてしまうため大きな黒字になっている。
 経済がさらに発展すれば、収入はどこかで使われる。投資に振り向けられる。だから赤字になる。
 ▽日本経済の問題
 学者のなかには、経済成長一辺倒な人と、物価安定一辺倒の人が多すぎるという。失業を減らすために経済成長を高く誘導しようとすれば、通貨が下落しインフレが起きる。
  逆に物価安定ばかりなのが日銀だ。物価の安定を図ろうとすれば、生産量の一時的な犠牲は避けられない。が、やりすぎは危険だ。
 5%のインフレのもとでの2%の賃上げは、実質3%の賃下げに相当する。これを受け入れたとしても、「名目賃金が3%下がる」というのは労働者は受け入れない。つまり同じ実質3%の賃下げでも、名目賃金には下方硬直性がある。賃金を下げられないということは、失業率の増加につながる。
 つまり大事なのは、インフレ率を望ましい水準で一定させ、雇用は最適な失業率を推定してそれに合わせていくことだという。その点、ヨーロッパは「物価安定」ばかり先行している。日本経済も、非効率な生産などが問題とされるが、本来重要なのは需要不足であり、日銀が国債を買い取って札をいっぱい刷ればよい、という。調整インフレの考えた方だ。
−−−−−−−−−−感想−−−−−−−−−−−−−−−
 確かになあ、と思う。実質賃金は増えなくても、ボーナスが10万円増えたらちょっとは財布の紐はゆるむだろう。でも、日本のいまの消費不況は、もっと奥深いところにあるような気がする。  終身雇用がゆらぎ、年金もあてにできなくなりつつあり、医療負担も増える。リストラにあったらもう数ヶ月後には生活不安が待っている。そういう「不安感」が消費を抑制しているのではなかろうか。調整インフレによってそう簡単に消費が伸びるとは思えないんだ