2001年2-3月

■日本の下層社会 横山源之助 岩波文庫 2001/2/16

  明治20-30年代の社会の様子がきわめて具体的に記され、人々の体温や当時の風景、財布の中身までが想像できる。1人1人と話を聞き、一緒に住み、工場に潜入していいとこも悪いところも丹念に描いている。
 以下各章の内容と感想。
 ▽貧民
 「立ちん坊」は、木賃宿に住み暑い季節は上野公園や浅草の路上で眠った。放蕩を重ね、梅毒患者も多かったという。くず拾いは、午前3時から起き出して、集めて回る。現代の段ボール集めと同じだ。車引きや芸人……。内職としては巻きたばこや、マッチの箱はりがあったという。
 ▽職人
 江戸時代は職人のギルド的な組合があり、「職人気質」がはぐくまれた。が、問屋が資本家として成長し、仲買などに資本を提供する銀行になるにつれ、重層下請けの底辺に位置づけられ、「一人親方」になる。資本の要請に従って粗悪品を大量に生産するようになり「誇り」も失う。
 資本主義によって、「職人」が低賃金労働者化しギルド的な同業者組合が崩壊する。かわりに工場の発達に伴う労働組合が生まれ、ストが発生する……。その過程がよくわかる。現代の先進資本主義国は、多数の労働者を必要とする工場が減り、労組が影響力をなくし、再び「個人」化しつつある。おそらく現代版のギルド的な組合が生まれる必要があるのだろう。
 ▽工女
 5-7年間の見習い期間はきわめて安い賃金でこき使われる。「研修」名目で時給300円程度で働かされる中国人の研修生と同じだ。
 「ああ野麦峠」では、工女の貧しさや悲しみが表現されていたが、ここでは、早朝から深夜まで働き、食事は麦と米を6対4で混ぜたごはんである、という「貧しさ」はもちろん、男女入り乱れる職場で引き起こされる問題やら、猥褻な歌をうたいながら働く様子やらというドロドロした面も記している。「野麦峠」以上に現実感がある。
 また、当時の工場でも、当初は日給だったのが、成果に応じて賃金を支払う請負職工の割合が増え、体をこわす人が増えていたという。生産量ばかりに焦点をあてるために技術の向上が阻害されるという問題も起きていた。「能力給」やら「年俸制」などを進めようとしているいまの経営者と同じ発想だった。1カ月、2カ月、半年……ごとに支払われる皆勤賞については「賃金を低くして賞与で釣るのは人間をおもちゃにしている」と著者は批判している。上司に媚びを売る人だけが昇格・昇級するという現象も起きていたという。うーん今と同じ。
 ▽小作
 小作人の家計をつまびらかにすると、職人らよりもはるかに低い稼ぎに甘んじていたことがわかる。中程度の小作の収入は年74円、職人は120円、日雇いでも90円だった。子供を学校にやることもできず、土地を離れて仕事を生み出す知恵もない。土地に縛り付けられる「農奴」だった。
  女の子はかつては下女に出ていたのが、賃金が高い工女になる人が増える。黎明期の資本主義の工場を支える労働者は「農奴」階級から出ていたことがよくわかる。
 江戸時代から続いていた小作料の米納は、明治に入ってしまばらくして金納になる。そうなると、地主は農村に住む必要がなくなり、市街地に移住する。封建時代の地主-小作の間にあったある種の「情」「義理」のようなものは消えていった。
  ▽大阪の成り立ち
 当時の大阪は東京以上の工業地帯であり、最大の繁華街の心斎橋を抜けると難波新地という遊郭街があった。そこから今宮方面の日本橋界隈は名護町という貧民窟だった。その「貧民窟」は次第に天王寺村、今宮村の方に移り、やがて現在の釜ケ崎が形成されるという。

■先田政弘「永住できるマンション」 日経BP社 2001/2

 著者はマンション問題研究会代表。普通のマンション本にはない視点から、現代のマンションがかかえる問題点を指摘している。いくつか読んだなかでは、売買や管理についてもっとも役に立ちそう。
 旧地主が権利を設定している▽1平方メートルあたりの管理費が部屋によって違いすぎる。数十円と安すぎる▽共通掲示板がさびれている▽郵便受けに会社名があったり空き家が目立ったりする▽優良中古マンションか否か住宅金融公庫に確認すべき……

■中村幸安「建築Gメンの住居学」 講談社+α新書 2001/2
 
■ウガニク「雑学不満足」 マイクロデザイン出版局 2001/3/18

 あまりにくだらない。けど、おもしろい。すべて自分の体で検証するというバカバカしさと涙ぐましさよ。記事のネタ探しのために買ったけど、役立つとしたら「占い」についてくらいかなあ。以下、主な目次。
 オシッコをおいしく飲む方法▽コーラはホントに歯を溶かすのか▽ジュースで植物は育つのか▽動物占いはホントに当たるのか▽倒産した会社の株を買って大儲け……。ばかばかしさ、わかってもらえます?

■別冊宝島編集部「今こそ知りたい 自衛隊の実力」 2001/3/18

 自衛隊の武器や作戦の実態を知るには簡単でわかりやすい。知人が執筆者に名を連ねていることもあり、けっこうおもしろく読めた。
 だがもちろん、この本のスタンスはひどい。「さまざまな法の規制があって、自衛隊が自由に活動できない。だから有事法制を整え、韓国や中国との国境問題でもなめられないように即軍事行動を起こすことができる体制を作れ」というのが基本的な考え方だ。
 軍事行動を効率的に実施する、という立場から見ればすべてが正論だ。港や国道は自由に利用できなければならなし、私権の制限もできないといけない。領海侵犯には断固とした武力行使をできる体制とマニュアルを整えなければならない。
 だが、そういった軍事的有効性を追求することが周辺国を刺激し戦争の危険を高める可能性の方が大きいし、「有事」の際の権力集中を認めてしまえば、外国との戦争よりも国内の治安維持に利用されるのは目に見えている。
 軍事技術の本としては興味深いけど、「論」としては稚拙だなあと思った。

 
■田中良平「神戸 苦渋のまち並から」 ドメス出版 2001/3/20

 建築家の展示会をひまにあかせてのぞいた時に会場で売っていた本。震災で神戸・東灘の自宅が全壊し、建て直すまでの記録だ。
 行政からの一方的な都市計画と消費税増税の圧力で、かつては瓦が美しかった森南地区が無味乾燥なプレハブ建築にかわっていく。都市計画を巡り地区住民の内部での対立も深まる。そんななかで、地区のためにもきちんとした家を建てたいと、決意したという。
 十数人の建築家に相談して1人を選び、材は鳥取の産地直送にして産地も訪れ、伝統的な工法にもこだわる。
 「金持ちが余裕こきやがって」という気持ちもないではないが、こだわりを持った家づくりって楽しそうだなと思う。何よりも家づくりの現場が、設計士や大工、瓦職人、林業家……という人たちとの出会いの場になっている様子がよかった。
 10年ほど前だろうか、紳介が視聴者と一緒にログハウスを建てる、という番組があり、「こんな出会いの場ができたらすてきだろうな」と思った。その時のことを思い出した。
  建て売りの家やマンションは消費の対象でしかなくなっているが、昔は、家を建てることじたいが一つの「祭り」だったのだろうなあ。

■守一雄「よくできたウソの本」 ワニ文庫 2001/3/19

 セールスマンや詐欺師がよく使う手口、よくあるウソ。旅行者がよく話す「知り合いの女の子がさらわれて、モロッコで娼婦にさせられてた」的な怪談。それらがどんな心理学的な手法を使っているか、わかりやすく解説してくれる。書評を書くより以下に具体例を。
 【セールスマンを玄関に入れると、「ひとつでも良いから買って」という頼みを断れなくなる】。小さな頼みごとを聞いてしまうと次の負担の大きな頼みごとをされても引き受けてしまう心理。
 【「100万円貸して」と言われ断り「じゃあ10万円でも」と頼まれると仕方ない、と思ってしまう】 一度譲歩させた相手にはこちらも譲歩しなければならない、と感じさせる。
 【「友達の友達が……」の話は確かめようがない】 怪談の成り立ち。
 【テスト前に「オレ全然勉強してねえよ」】 セルフハンディキャッピング
 【「あなたの協調性は人並み以上だ」「あなたは人並みより幸せな方に入る」……という設問にはたいてい○をつける】 人は誰でも自分自身に対しての評価が甘くなる、という特性がある。「中流」「平均」という基準のあいまいさ。
 【「エスキモーには雪を表す単語は400以上ある」と教科書に書いてあるが、ウソ。実は10-15語。引用されるたびに増えていってしまった】 引用者が話をおもしろくしたいため誇張してしまった結果。
 【大阪人の何割が阪神ファン?と聞くと、阪神ファンは多めに見積もり、サッカーファンは少な目に見積もる】 賛同者の比率を過大評価する心理が働く。
 【「明日の株価の上下動を当てよう。10日連続で当たったらコンサルタント料金をよこせ」とある経営者に電話がかかってきた。それが全部当たった。まさか超能力?】 初日に1024人の経営者に電話する。半分には「上がる」といい、残りには「下がる」と言う。翌日は当たった方の512人に電話して半分には「上がる」と言い、残りに「下がる」と言う……。はずれた方には電話しないから単なる悪戯と思い込む。最終日には10日連続で的中したと思わせる相手がひとりだけ残る。
 【「成績の良い子をほめたのに次に成績が落ちた。悪い点を取った子を叱ったら点が上がった。だから叱った方が効果がある」というのはウソ】 ひとつめのデータが極めて高い場合は下向きになり、低い場合は上向きになるのが普通だ。そのヘンを勘違いしている教師は多い。長い目で見ればほめられた子の方が能力を発揮する。
 【言葉はウソをつくためにうまれた。言葉が真実を語るのにも使われるのは、ウソだけを言っていたらウソにならない。他人を騙すためにはまず相手を信用させなければならない。ただ、ゲーム理論では、「短期的にはだますことが有利な場合でも、長期的にみたらだましあいは割に合わない」と確認されている(国と国の関係でも)】

■先田政弘「永住できるマンションU−快適に暮らすための管理と運営」日経BP

 著者自らマンション管理組合を切り回してきただけに、説得力がある。マンションは一般には人付き合いが面倒ではないと言われるが、著者は逆の立場だ。建物の流動性・資産価値を保つためには、コミュニティ活動が活発でなければならないし、共有・共同社会が好きな人こそが分譲マンションに住むべきだという。プライバシーを重視するには賃貸の方がよい。
 業界側からの視点の本が多いなかで、住まい手側の視点で徹底的に検証している。マンション住民以外にはちょっと難しいが、管理組合の運営をするうえで必携の本だろう。
 以下、一部抜粋。
 ▽役員任期は2年以上に▽役員報酬は受け取らず、年間2万円程度の活動費を支給してセミナーや本に使う▽役員はまずマンションツアーを▽図面類の管理を▽駐車場料金は修繕積立金に▽管理会社に不当な権利が付与されていないか確認を▽ティッシュペーパーも吸い付かない不良排気ダクトも多い……。

■野中文夫「あなたのマンションを鑑定する本」中経出版 2001/3

 勢いで買ってしまったマンションが、次第に老朽化していく。しかも管理費・修繕積立金の滞納が多い。どうしよう−−と管理組合の理事長になって活動をし始める。だが、もう手遅れとわかった−−。
 不良マンションをつかまされた苦い経験と、次の中古マンション探しの経緯を述べるとともに、マンション選びの基準を提唱する。先田氏の本ほどきっちりしているわけではないが、入門書としてはよいだろう。
 僕も、先田氏の本とこの本を読んで、等価交換のある小規模物件の購入を見送ることにした。
 以下主な抜粋。
 ▽理事会も開かれない▽売れ残り物件について分譲会社が管理費・修繕金を払うべきなのに免除している▽管理規約と使用細則の双方が必要▽管理会社の自己資本比率のチェックを。30%以上は安心……

■小谷野敦「バカのための読書術」ちくま新書 2001/3

 とくにおすすめできる本ではない。彼の立場には共感できないものもあるが、読書をしていくうえで参考になるし、いろいろな本を独自の視点で紹介してくれるのはありがたい。
 「まず歴史を知れ」と言うのが彼の主張だ。「おもしろいし時代考証がしっかりしているから」司馬遼太郎を薦め、「民衆史観」は「つまらいないから」排除するが、網野善彦は評価している。独特の評価基準とバランス感覚がおもしろい。「インテリは自分が頭いいことを知らせたがるから難しい本を薦めがち」という。同じ理由で新書も「入門書」としてはお勧めできないという。
 以下、紹介された本・作者
 ▽渡部昇一は「論文は、ある程度調べたところでまず書き始めろ、そうすると読むべき本が次々出てくる」と述べている。最初の1冊を書くのは大変だが、どんどん書いているとどんどん慣れてくる。
 ▽CD−ROMの百科事典。新潮日本人人名辞典、朝日歴史人物辞典、岩波=ケンブリッジ世界人名辞典
 ▽トフラー「第3の波」(中公文庫)▽梅原猛「学問のすすめ」(角川文庫)その他の作品も旅にぴったり▽司馬遼太郎「菜の花の沖」 江戸期の時代を知る▽柄谷行人「マルクスその可能性の中心」(講談社学術文庫) ▽デュルケーム「自殺論」(中公文庫)▽「歎異抄」(講談社学術文庫)▽ 「正法眼蔵随聞記」(ちくま学術文庫) ▽松本清張「ミステリーの系譜」(中公文庫) ▽松下竜一「ルイズ−父に貰いし名は」(講談社文庫)「砦に拠る」(河出書房新社)
  網野善彦から宮崎駿の「もののけ姫」へ 柳田国男から「カムイ伝」へと連なった、という指摘もおもしろい。