■橘木俊詔「家計からみる日本経済」20050803
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涙を流したり怒ったり感動したりする本ではない。「生産者」と「消費者」を対立概念のようにとらえる立場には賛成しかねる部分もある。でも、具体的なデータによって、いかに日本の経済格差が拡大しているか、家計より大企業偏重の政策をとってきたか(これを「消費者より生産者を偏重」と筆者は言うが、その解釈には全面的には賛同しかねる)を明らかにしていて興味深い。
さまざまな統計資料をふんだんに使っていて、こんな統計もあったのか、こんなデータもあったんだ、と驚かされ勉強になるし、今後の調査にも役立ちそう。
とくに驚かされたのは、日本の最低賃金が先進諸国のなかでも際だって低く、生活保護の水準さえ満たしていないことだ。
時間外労働の割増率が、ほかの先進諸国では50パーセントがふつうだが日本は25パーセントしかなく、これが長時間労働の温床になっているという指摘もなるほどと思った。
危機を迎えている年金制度は全額税金でまかなうことが望ましい、という主張も、説得力があって新鮮だった。
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▽フルタイマーとパートの賃金格差は1970年から拡大傾向にある。〓厚生労働省「賃金構造基本統計調査」
▽国内総生産の産業別構成の変化 〓(内閣府経済社会総合研究所「国民経済計算報告長期遡及主要系列」「国民経済計算年報」)第一次産業の割合は55年の20パーセントが01年は1.4パーセント。
▽長時間労働 経済成長の恒等式 生産量の伸び=技術の進歩率+a労働投入の伸び+(1−a)資本投入の伸び 高度成長の時代、労働時間の長さが経済成長に貢献した。
労働時間の国際比較(ILO「労働統計季報」、労働省「毎月勤労統計調査」)
▽オイルショックのとき、雇用の削減を避け、長期雇用を保障することが社会の規範だったから、雇用を守るために労働時間を削減させた。現代の言葉でいえば「ワークシェアリング」にほかならない。
▽失業率 公式統計では、求職していないと失業者とみなされない。これら意欲を失った人を潜在失業者としてカウントすると、潜在失業率は10パーセントを超える。
▽生活保護の人数 厚生省統計情報部「社会福祉行政業務報告」
▽歳低賃金 OECD諸国9国で下から3番目、歳低賃金が平均賃金との比較でどの程度に定められているかに関しては最下位〓、歳低賃金以下にいる労働者の比率では上から2番目。
生活保護の支給額と歳低賃金法から計算される月額の賃金額(日額*25日、88年から23日)とを比較すると、1980年あたりから、歳低賃金の方が生活保護支給額よりも低くなっている。
▽所得分配調査(厚生省) ジニ係数は0と1の間の数字。0が完全に平等、1が完全に不平等を示す。再分配後所得(税金や社会保険料を控除し、社会保障給付を加えた所得)において93から99年の6年間に0.016上昇している。再分配前所得を見たら、0.033も上昇。
▽所得税率の変遷 86年には最高税率は70パーセントで、15段階あったが、現在は最高税率は37パーセントで4段階だけ。
▽ワークシェアをすすめるには。所定外労働の賃金割り増し率は現在は25パーセント。欧米のほとんどの国は50パーセント。50パーセントになれば、超過勤務は減らざるをえない。
▽公的年金 税方式が望ましい。現在の基礎年金制度ではすでに3分の1が税収で賄われているが、それを100パーセントにすることで、徴収コストの節約が図れる。保険料未払いが4割もあるが税にすれば高い徴収率を期待できる。国民の間で将来の給付に不安が高いから、税で徴収することによって、給付を確実にすると宣言して不安を払拭できる。社会保障を保険料でなく税で賄う方法は、経済成長率への貢献度がより高い。累進消費税、あるいは累進支出税(ぜいたく品には高い税率を課し、生活必需品には低い税率にする)が高い経済成長率と公平な所得分配をもたらす。
▽日本経済の示す数字ほど豊かさを実感できない人々がいる。それは物価高による実質購買力の低さと、大都市の土地価格高に起因する住宅の質の貧困さ、一部の貧困層に代表される恵まれない層の存在。さらに、消費者より生産者を優先する政策が伝統的に採用されてきた。
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■小坂紀一郎「一番やさしい自治体財政の本」学陽書房 20050808
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財政力指数、基準財政需要額、起債制限比率……、聞いたことはあるけど、詳しい意味はちんぷんかんぷん。予算や決算の書類を読んでもほとんど理解していなかった。
決算書のどの項目を見れば自治体財政の健全性かがわかるのか、借金はどの程度すると問題が起きるのか。自治体財政の基礎をわかりやすく解説している。最適の入門書だ。
他の自治体と比べて自分の自治体がどの程度の位置にあるのかを知るための物差しになるデータはどこをさがしたらよいのか。データの出典もとなどを説明されて目から鱗が落ちるような気がした。
「補助金のさまざまの問題の裏にある最大の欠点は、職員が自分の頭でものを考えなくなってしまうこと。補助金は事業がはじめから中央官庁の発想で組み立てられている。コンビニで売っているインスタント食品のようなもの」という指摘もいちいち納得がいった。
最近の「民間委託」の流れは、財政の不透明性を増す危険もはらんでいるという。
たとえば保育園は、公営ならば保育士の数や待遇など細かなデータが予算や決算書にでてくるが、民間委託すると「委託料」という大まかなくくりでしか出てこない。保育の質を予算面からチェックすることはできなくなる。委託先の細目までチェックできるような情報提供が今後求めていかなければならないという。
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▽普通交付税額=基準財政需要額−基準財政収入額
▽委託料に注意 ゴミの運搬、ヘルパー派遣、配食サービスなど。自治体の予算には「保育委託料」といった項目しか出てこない。不明朗な現象が隠れている可能性がある。
関係団体への補助金 「運動公園管理協会」「社協」など。補助金を出せるのは、自治法で「公益上必要がある場合」に限られている。
一部事務組合への負担金も。 これらは、いったんそこにお金が入ったら、その先がどうなるか見えなくなってしまう。ブラックボックスをこじあけるためにも、予算審議のときにその内容がはっきりわかるような資料を出してもらうことを慣行にすべきです。
▽人口と産業構造の類似団体同士を比較する。「類似団体市町村財政指数表」〓には、「類似団体比較カード」があり、道路改良率、人口あたりの都市公園免責、図書館蔵書数などを比べられる。
▽豊かさの物差し 人口一人あたりの地方税の額。一番多いのは泊村の103万円、少ないのは伊仙町3万円。
▽収入と支出を比べて余裕があるかどうかを比べるのが〓財政力指数(1を超えれば不交付団体) 財政力指数=基準財政収入額÷基準財政需要額 過去3年の平均をとる。
▽実質収支の大きさをはかるものさしが「〓実質収支比率」 標準財政規模に対する実質収支の額で示され、決算カードにも載っている。3から5%程度が望ましいといわれる。赤字の自治体で、この比率(赤字の比率)が市町村で20%、道府県で5%をこえると、財政再建団体として、地方債を発行できなくなる。
実質収支から前年度の収支を引いたものが単年度収支〓。(その年度の実質収支−前年度の実質収支)
実質単年度収支=単年度収支+財政調整積立金+地方債繰上償還額−財政調整基金取り崩し額
▽借金の状況は、公債費比率、起債制限比率、公債費負担比率。どれも歳入のなかで地方債の元利償還金がどのくらいしめるかを示す。とりわけ起債制限比率〓が重要。この率が20%以上の自治体は地方債の発行が制限される。15%が危険ラインと言われる。
地方債の大きさを示すわかりやすい数値は、人口一人あたりの現在高〓。
歳入に計上されている地方債の額と、歳出に計上されている公債額の差がプラスすなわち地方債の方が公債費より多ければ、将来公債費が増える可能性を含んでいる。
▽財政構造の弾力性は、〓経常収支比率((経常的経費−経常特定財源)÷経常一般財源)ではかる。自治体財政を見るためのものさしとして、財政力指数と並んで重要。人件費や生活保護費は経常経費、建設事業費や災害対策費などは臨時経費。経常的な支出にあてられてしまえば、臨時的な支出にあてる余地がなくなってしまう。経常的収入(地方税のほとんど。特別交付税や寄付金、土地売却などは臨時収入)が経常的な支出をまかなって余りあれば、臨時的支出にあてることができる。いわば自治体のエンゲル係数。
経常収支比率は、町村で70%、市では80%、都道府県では80%の範囲内が望ましい。
▽行政をはかるものさし 総務省の統計〓類似団体別市町村財政指数表、〓公共施設状況調。老人ホーム充足率、人口千人あたりの図書館蔵書数・・・。大事なのは〓類似団体比較カード。
▽〓「老人保健福祉サービス利用状況地図(老人保健福祉マップ)」(長寿社会開発センター発行)は、全国の自治体の在宅福祉サービスの利用状況や特養などの整備状況が一覧に。
▽日経新聞の「行政サービス調査」 全国の市と東京23区を対象に2年ごと実施。福祉・医療などの行政サービス水準、透明性などの行政革新度を比較して全国順位をつけている。
▽市町村Portal http://member.nifty.ne.jp/jiti/index.htm
行政改革リンク集 http://www.hasebe-jp.com/link/
自治体改革ニュース http://village.infoweb.ne.jp/~fwhz3669/kaikaku/news6.htm
情報公開市民センター http://www.jkcc.gr.jp
奈良女子大・澤井勝教授の「地方財政情報館」http://www5d.biglobe.ne.jp/~m-sawai/
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■保母武彦「市町村合併と地域の行方」岩波ブックレット 20050810
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「旧町村には支所をおき、サービス水準を維持・向上させます、といった合併推進論者の説明は、住民をサービスの受け手としかみておらず、サービスのあり方を決める主権者として意志決定に参加する住民をまったく想定していない」
この指摘には目を開かされた。
合併を推進する政府は「地方自治の強化」を理由とし、サービス水準がさがることはない、と言う。実際はどうなのか。
篠山市の支所(旧町役場)は年々職員を減らされ保健婦もいなくなる。あきるの市では国民健康保険税が引き上げられる。「サービスは高く、負担は軽く」というスローガンは守られたためしがない。むしろ逆になるという。
明治と昭和の合併の説明も興味深い。それぞれ小学校の義務教育化と中学の義務教育化の負担を経済的に支えるためだったと説明されることが多いが、それは表面しか見ていないという。
明治の合併は自然村を約7分の1に減らした。自由民権運動が民会(地方議会)開設を要求を強めるなか、地主に自治権を与えることで政府が統治機構を掌握しようとしたのが合併の理由だという。「地主的地方自治」を土台とする中央集権を目指したものだった。ちなみに機関委任事務は明治維新の数年後には生まれている。
昭和の合併も同じ構図だった。シャウプ勧告では、機関委任事務の廃止などの地方分権をはかるなかで合併も認めるという記述があった。ところが官僚の抵抗によって分権はなされず合併だけが推進された。
戦後、地主制度が崩壊したあとの農村統治機構を整備するためだった。だから、合併による事業は、約束とちがって大幅に縮小され、安上がりに期待はずれなものに終わった。中央政府にとっての自治能力の強化、であり、支配力の強化だった。実際その後、地主にかわって補助金による中央権力支配が強まっていく。
では平成の合併はどうか。グローバル化によって農村を捨てた。財政的に補助金による支配は継続できない。そこで、「効率よく」支配するために自治体の数を減らすことになった……。
昭和の合併よりいっそう「安上がりの合併」になる可能性が高いという。
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▽本来は合併は自主的でなければならないのに、平成の合併は、政府からの強い要請で始まる。市町村合併推進について指示と要請が始まったのが2000年夏。12月には、行政改革推進本部が、合併の推進の「基本的考え方」を決定し、3200市町村を1000にする数値目標が示される。
▽財政赤字の原因は市町村が3200余あるからではない。政府が不況対策の公共投資政策を地方に押しつけたことなど、赤字の主因は政府側にあり、その原因となった中央統制を取り除く作業が必要だ。
▽地方の行財政基盤を強化するうえでの障害は、政府が財源を地方に移譲せず、そのうえに、地方交付税の段階補正や事業費補正の見直しをおこなうなど、財源保証と財政調整の政府責任を放棄しだしたことだ。
昭和の合併
▽シャウプ勧告と、これに基づいた地方行政調査委員会議の勧告を受けて始まる。政府の合併推進は強力で、未合併町村に対する知事の合併勧告、総理大臣の合併勧告をする事態になる。
▽兵庫県篠山市は、旧篠山町役場以外の旧役場に支所をおいて発足した。職員は合併段階で減ったが、わずか1年7カ月後、さらに支所職員は減少する。岩手県都南村は、盛岡市に1992年に合併した。当初は、「総合支所を置き、住民サービスの低下を招かないよう配慮する」とされたが、合併当初の8課1室の総合支所は、2年目に建設課と下水道課がなくなり、3年目に福祉、保健、産業、税務課などが統廃合され、6年目には課の体制そのものが廃止された。都南保健センターには保健婦もいなくなった。
▽94年に合併した茨城県ひたちなか市は、「行政水準は高いほうに」「低負担で質の高いサービス」を約束して合併したが、合併後の初議会で、幼稚園授業料、市営住宅式員、体育館使用料など公共料金が高いほうに統一された。国民健康保険税の引き上げや水道料金の値上げもおこなう。
▽東京あきるの市でも、合併の翌年、さっそく国民健康保険税が引き上げられる。 ……「負担は高く、サービスは低く」が一般的になるのは当然の帰結。
▽明治の合併と昭和の合併。総務省の冊子では、明治期には小学校、昭和期には中学校がそれぞれ義務教育になり、これにあわせて合併がなされたかのような記述があるが、これは事実の矮小化だ。
明治の合併では自治体数は7分の1になった。れまでの自然村を合併するもの。自由民権運動に対抗して国会開設より先に行われた。自由民権運動は、地方に民会(地方議会)を要求する。これを無視できなくなった政府は1878年に府県会を設置するが、自由民権運動は、府県会を使って国会開設要求を強める。このまま国会を開設すると自由民権運動に実権を握られる可能性があった。そこで明治政府は、地域に支配力をもつ地主とくんで、彼らに自治権をあたえ、政府の統治機構の末端を掌握しようと考えた。寄生地主の支配を含めた「地主的地方自治」をつくり、これを土台とする安定した中央集権国家づくりをした。1890年、府県制郡制を施行し、町村会議員が町村長を選び、郡会議員を選ぶ。郡会議員が府県会議員選挙に加わる。「地主的地方自治」を府県会に及ぼすことによって自由民権運動をおさえる政治体制だった。これが戦争までつづく「官治的地方自治」の形成過程だ。
機関委任事務のような制度は、明治維新から5,6年後には登場する。義務教育が全国で実施されると、教育費の負担は、町村にとっては重かった。自然村単独では、学校経営ができない。国からの委任行政事務を遂行する自治能力の強化が町村合併の直接の要因となった。
▽昭和の合併 シャウプ勧告は、戦前の地方統制の手段であった国庫補助金の廃止と地方財政平衡交付金制度の設置、機関委任事務の廃止と市町村優先の事務配分などの改革案を提出した。そのなかで合併にも一定の理解を示している。
だがその後の過程で中央官僚機構の抵抗は強く、補助金も機関委任事務も残され、平衡交付金制度は地方交付税制度にかえられ、新しい中央集権化がはかられる。そのなかで、唯一完全実施されたのが市町村合併だった。シャウプ勧告を無視したつまみ食いだった。
国家資金を経済の発展と成長のために効率的に使うことは、独占資本の利益にかなうことであり、財政状態が悪い小規模町村を存続させることは放置できない事態だった。
明治以来一貫して農村支配機構の要の役割を果たしてきた地主制が崩壊した後の農村支配機構の再編成にとどまらず、小規模町村を把握し、新たな発展期をむかえた独占段階の国家統治機構に農村を組み入れる策が「昭和の大合併」だった。……新市町村建設促進法が56年に成立。知事勧告から4カ月を経て合併しない町村に対しては、総理大臣が勧告できることを規定した。勧告後も合併しない町村に対しては、小規模町村への国の財政上の援助措置がおこなわれないことがある、という罰則規定も盛り込んだ。実際に総理大臣勧告が53町村に発せられた。
参議院地方行政委員会は、合併に必要な国の財政措置を53年補正から55年度までに300億円としていたが、実際の措置額は36億円にすぎなかった。
▽明治と昭和の大合併は、「地方自治の強化」を目的としたが、中央政府にとっての「地方自治の強化」だった。中央政府の要請を担うことができる「自治能力」の整備を意味した。
▽島恭彦「町村合併と農村の変貌」「明治の合併は先進諸国の外圧と自由民権運動の内圧に対抗して、自ら資本主義かの指導権を握ろうとした絶対主義政権が7万の小村を把握して資本主義制度へひきずりこみ、支配体制を整備しようとした政策であり、戦後の合併は、地方の支配体制の背骨となってきた地主勢力の崩れ去ったあと、むしろ新しい前進の地盤になろうとしている農村を独占段階の国家の広域支配の体型に組み入れようとする政策である」
「平成の大合併」も中心舞台は農村である。グローバル化のなかで政府が経済的位置づけをすてた農村を、都市中心の支配体系につなぎとめようとする政治的意味合いを強めている。国庫破綻を勘案すれば、昭和のとき以上に安価な農村統治機構の整備に終わる可能性が大きいだろう。
▽長野市と合併して片隅になって松代と、残って町づくりをすすめた小布施の比較。支所を残してもそこには議会はなく、住民が地域づくりで自己決定する権限もない。ただ松代がかなり救われるのは、独立した松代商工会議所があるからだ。
小布施 個人の庭が開放され、見学できるオープンガーデン制度。……「ふるさと創生事業」の1億円が交付されたとき、その3割を地域活性化にまわし、29地区が300万円ずつ使って地域計画をつくっている。3000万円を積み立てて、年に10−15人を欧州に研修させる。5億円の福祉基金を創設。半分は行政が受け持ち、残りは企業と個人が折半で負担。この基金から介護保険の個人負担分の8割が支出されている。
▽埼玉県上尾市 合併推進派の直接請求による住民投票で「合併反対」が多数を占めて単独で残った。高度成長期にさまざまな住民運動がおき、72年には革新市政ができた。賛成派と反対派が協力して議論する場を設けた。市職労がその仲介役を果たした。
▽長野県塩尻市では80年代に、集落単位、住民参加で「集落計画」をつくり、住民がみずからできることは実践し、市役所は集落活動に対応するシステムをつくっていた。「内部分権」の試みだった。
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