土佐から伊予へ遍路道C

2005年1月16日

健全な批判精神

 とにかく寝た。10時間も寝た。6時半に朝食をとり、空気がピーンと張りつめた朝の観自在寺を参拝してから出発。
 レイザルは右足を引きずっているが、昨日よりはペースは速い。「ろぼこん、ろぼこん、ろぼこん」と懐かしいかけ声に合わせて時速3キロほどで歩く。
「おじーさんと同じや。(80歳の)ニシオカ先生の気持ちわかるわ」
「おばあさんじゃなくておじいさんなんやなあ、やっぱり」
「杖はさー、悪い方の足でつくんだよなあ。こっちのほうが楽な気がする」
「知らんかったんか?」
「ハカセはな、自分でひとつずつ実証していくんや」(一昨日から自分が博士だと思いこんでいる)
道路を横断しようとすると
「二車線の横断は命がけなのら。ニシオカ先生の気持ちがわかるのら」
 キャベツのような葉ボタンやスイセンの花が道路のところどころを彩っている。干物を作るための籠で切った大根を干している。この籠って、全国共通なんだろうか〓。
 10時半、室手の浜に出る直前の坂を、山の切れ目の峠にむかって登っていると雪をまじえた強い向かい風が音をたてて吹きつけた。峠が風の通り道になっているらしい。
 室手海岸の上を走る国道からは、西海の半島が望め、雲間から光が幾条も海面に差し込んでいる。車から見るのとは違う場所のよう。やっぱり歩かないと景色は味わえない。
 足が痛いはずなのに、レイザルは不思議と怒らないし、文句も言わない。
「今回は全然ブーたれへんなぁ」と言うと、
「自分のことで精いっぱいのときは、批判精神はもてないってことや。生活に余裕があってこそ、健全な批判ができるんや。今回の教訓や」
 旧内海村に入ってしばらく歩くと、眼下に大きな漁港が見えてきた。まもなくプラネタリウムのようなドームをもつビルが姿を現した。旧内海村の中心だ。
  ドームの建物は「DEあい21」。村人の交流の場にするため深夜まで開いていることで話題になった施設だ。日曜にも開いているのはありがたい。標高400メートル余りの峠を越す「柏坂遍路道」(9.8キロ)の紹介パンフなどがいっぱいある。
 内海隧道(915メートル)は、歩行者専用のトンネルがある。中学校が合併して?通学にトンネルを使うことになったため、村が陳情してつくらせたという。人が入ると、それを感知して100ルクスの明るさになる。(トンネル建設の裏に何かドラマがありそう〓)
 トンネルを抜けると、波の音が響いた。海を隔てて由良半島が横たわってる。太陽の光が海面で筋をつくり反物のように輝いている。
 13時45分、きょうの目標だった「ゆらり内海」に到着した。本日の歩行距離は13キロ。
  刺身定食と地鶏の塩焼き定食を食べてから、ゆっくり温泉につかった。
 今日は宇和島に泊まって、明日調子がよければその先を歩こうか、と話し合ってバスに乗った。だが宇和島に着くと、「やっぱ明日は歩けそうにないわ」とのこと。急遽、松山に帰ることにした。

 翌朝、レイザルは近所の医院を受診した。
「けっきょく、何が原因だったんや?」と期待をこめて尋ねると、
「どこも悪くない。擬痛風の可能性があるってさ。いっぱい歩いたことや、体重が増えたことなんかも、痛みが出るきっかけになったのかもしれないって」とのこと。
  デブになって足に負担がかかった、という明快な答えを期待したのだが、いまひとつ煮えきれない診断だった。 【つづく】

 


観自在寺の参道


十二支を意味するという仏像

 


柑橘の季節なのだ


スイセン

 


旧内海村の中心街

 


光と海のパフォーマンス