ミカンの山に迫る臭気
ため池のわきをのぼる。さらに下にも深い焦げ茶色のため池。ウグイスがケキョケキョケキョケキョ……。カラスが群れている。ビワの実でもあさっているのだろう。
だんだん思い出した。5年前に何回か来たことがある高戸山(117メートル)展望台への道だ。
イタドリがたくさん生えている。この時期は一番元気がよくて柔らかい。太くてやわらかそうなのを折り、皮をむきシャリリとかじる。わずかに酸っぱい。山で水分に飢えているときにはこれでもありがたいけど、きょうは麦茶がある。
バンッ。猟銃の音、さっきより近づいている。
コンクリートの古びた展望台。1階は便所のように陰気だ。きっと便所に使った奴もいることだろう。階上へ。日が当たり、暑い。けど瀬戸内の展望は抜群だ。春の靄にかすむヌタヌタした湾にはフェリーが1隻浮かんでいる。反対側にはいくつかの島影が明るい影絵のように浮かぶ。
下草が半分おおっているミカン畑の小道がよい。冬はミカンの山吹色の提灯の間を、春は花の香をわけいって、つらつらとのぼるのがよい。リゾート開発の波が押し寄せなくてよかった、と思う。
万事が塞翁が馬、である。
アッ、船の時間まであとわずかだ。あわてて降りる。200メートルほど歩くと、、さっきまでの花の香りのかわりに、人工的な甘ったるいにおいがする。
ブーンとうなりをあげるがアブではない。ミカン畑のところどころから白い湯気があがっている。 あっちでブーン、こっちでブーン。
農薬散布である。
ブルドーザーの轟音も響き始めた。心なしか、吐き気さえ感じた。
完