サザエほおばる
しばらくして突端の方に目を上げると、先端から手押し車を押すおじさんが歩いてきていた。いったい何人、あの小さな漁船のなかにいるのだろう。
「やあ」
右手をあげる。手押し車をのぞくと、まるまる太ったハマチが5本。天然モノだ。
「すごいですねえ」
「ここのはうまいぞ。とれたてだしな」
そういえば、昨夜の民宿の夕食にもハマチが出た。イカあり、アジあり、吸物あり、腹いっぱい海の幸を堪能した。ことにハマチは、養殖物の脂くささがないから、ちがう魚かと思った。
「このへんで釣れるんですか」
「海がきれいだしな」
無言のまま右手をあげて去っていった。
数分後、視線を上げると、またもや突堤の先端の方におじさんが現れた。 左手にグンニャリとしたものをぶら下げて近づいてくる。
「イカですか?」
「いや、タコだ」といって、広げてみせて、ニッと笑う。
「絵描くのか、良い趣味だな」
それだけ言って、海の家の方向に歩いていった。右手をあげて。
ふと気づくと姿がない。海の家に入ったのだろうか。
「あんな魚とか貝とかみんなで持っていって、宴会でもあるんかなあ。現役引退したって感じの人ばかりやけど、みんなええ人ばかりや。もしかしたら仙人ちゃうか」
サザエは民宿に置いていこうと持っていったら、ゆがいて持たせてくれた。松江行の路線バスのなかで爪楊枝を片手にいやというほどほおばった。
吐く息が磯のにおいになった。
完