路 内海・柏坂の旧遍路道 20050220

  標高460メートルの峠を越える柏坂の遍路道は、「娘巡礼記」の著者も大正時代に歩き、小川のわきで野宿している。海岸沿いの国道ができて一時は荒廃していたが、地元住民が20年ほど前から、下草刈りをして、トイレやベンチも整備してきたという。
 午前10時すぎ、旧内海村役場に車を置いて、空海がひげをそったと伝えられる集落の川沿いを上流へと歩く。15分ほどで登山口にとりついた。
 雨水などで岩が露出して石畳のようになったという小径に、ツバキの花がボトリボトリと落ちている。数百メートルおきにベンチと野口雨情の句碑がある。弘法大師が柳の杖を地面に突き立てたら水が湧き出たという「柳水」には、その杖が育ったとされる柳の木が今もはえている。東屋のある休憩所をすぎ、二車線の林道を横切って斜面を登り、11時50分ごろ、稜線に出た。
 展望はない。登山道の両脇には、高さ1メートルほどの石垣が積まれている。畑をイノシシから守るために作った「猪垣(シシガキ)」だ。さらに数分歩くと「ゴメン木戸」という看板にたどりつく。ひと抱えほどの岩が道の両脇に置いてある。木戸の跡だという。
 一帯は放牧をする草刈り場で、津島の牛が南宇和(内海村)側に入るのを防ぐために石積と木戸が作られ、「ゴメンナシ(ごめんなさい)」といって人々が通行したと看板に書いてある。
 ずっと林のなかの道だったが、「つわなおく展望台」に着くと、西側の眺望が一気に開けた。南宇和郡と津島町の境界にあたる由良半島が、空を駆ける竜のように外海に伸びている。1時間半も登ったのはまさにこのためだと思えるほどの絶景だ。でも「つわな」っていったいなんだろう。
 津島町側に入ると、奇妙な看板が増える。
 例えば「鼻欠けオウマの墓」という看板には
 −−明治の初め、梅毒にかかり、鼻の無くなったオウマさん。女性自身をしゃもじでたたきながら、くり返していました。 「お前の癖がワルいから、わしゃ鼻落ちた」 里人たちはオウマさんを大事にいたわり、死後、婦人病除けに参拝された時期があったそうです−−
 「狸の尾曲がり」という看板には、
 −−昭和61年秋、四国の道の調査に来た、県の係官3名、この街道のはえぬき三兄(さぶにい)の案内にしたがい、峠から下りる途中雑草茂るこの地で、道を誤って反対側に入り、しかも逆に百メートルばかり上った。若い係官「おっちゃん、さっき通った所に、出たんじゃない。木の皮を削っているよ」。ハッとした三兄、「アリヤ、古狸め、またワルサしおって」。みなさん、ここで、ご同伴が、美人やハンサムにみえなかったら「ソレワ大ごと」。気いつけなはれや−−
 なんだかわけがわからん。
「昭和61年なんてさ、あたし女子大生やで。マハラジャやで。そんなときに、狸にバカされたってさぁ、なんやねん、いったい」とサル殿が腹を立て始めた。
 山道の終わる直前、倒れている看板を見つけた。その説明書きの末尾に、 「津島町には、このようなトッポ話(ほらふき話)が数限りなくあります」と書いてあった。
 小さな集落に出る。おばあさんが1人、古い家の玄関に座っている。向かいの家は完全につぶれ、ほかに人影はない。
  地道を歩いていくと、ビニールハウスの廃墟や、廃車、壊れた農業機械などが放置されている。独特のすさみ具合はいったいなぜなのか。
  小祝の集落は梅が花盛り。清冽な川に紅梅白梅が映える。
 花を楽しみながら川沿いの散歩道を30分ほどくだり、県会議員が経営する造り酒屋の前を通って国道に出た。
  鴨田のバス停まで40分ほど歩いてこの日は打ち止め。内海の温泉「ゆらり内海」であたたまって帰った。
【内海中学の生徒が作ったガイドマップが秀逸。国道沿いの「Deあい21」(公民館)で無料で手に入る】 【つづく】






路 津島から宇和島へ 20050304

 津島町の鴨田のバス停前にある農協に車をおいて、11時45分に歩き始める。
 風は冷たいが川沿いの散歩道が心地よい。透き通った川面に笹が垂れ下がり、桜のつぼみがふくらんでいる。ツバキの花や紅梅白梅が咲き誇っている。
 沈下橋のような、幅50センチもない木の橋が対岸までかかる。途中まで歩いたサル殿は「股間がゾワゾワするわ!」と叫んで引き返してきた。
 1時間ほどで町中心部の入り口にあたる津島大橋に着く。川面にはサギが無数に乱れ飛んでいる。200メートルほど下流はもう海だ。
 国道から右に折れて岩松川をわたり、中心街を散策する。桜並木がある対岸の国道沿いには立派な町立病院がある。これは宇和島と合併したら廃止になりかねないなあ、と心配になる。
 旧道沿いや岩松商店街はなぜか、洋風建築が多い。酒屋や本屋、雑貨屋、新聞販売店といった何気ない店が、煉瓦造りだったり、重厚な宿場町風のつくりだったり。当初泊まる予定だった「三好旅館」も、そうした風変わりな建物だ。白壁の喫茶店の名前は「岩松村」という。
 一番驚いたのは「てんやわんやの文六餅」というドハデな看板だ。「名所旧跡文六堂」「名物にうまいものあり文六餅」…と看板がいくつもかかっているのに、店のなかは閑散としていて、商売をやっているようには見えない。津島では「トッポ話」(ハッタリ話)が有名だというから、もしかしたらこれもハッタリなのか。だとしたら、これだけのエネルギーをハッタリに費やすという文化は大阪に通じるおもしろさがある。何かのときに確かめてみよう。
 旧市街の散歩を堪能してから国道に合流し、13時15分にうどん屋で昼食休憩を30分間とる。
 さらに15分ほど進み、打ちっ放しのゴルフ場が左手に現れたら、左折して旧国道に入る。川をみおろす山腹をまくように登っていく。国道の松尾トンネルが近道なのだが、排ガスだらけの3キロ近いトンネルは耐えられられそうにない。2キロ近く遠回りの道を選んだ。
 14時25分、旧道の松尾隧道(500メートル)を抜けて宇和島市に入った。しばらく歩くと巨大な採石場があらわれる。山肌は地肌をさらし、ブルドーザーやダンプの音が谷間に響き渡る。道路沿いには、乗用車やショベルカーなどの廃車があっちに1台こっちに1台。まさにアパッチ野球軍の世界だ。昔はきれいな棚田だったのだろうに。
 15時10分、国道に合流。あとは宇和島方面へひたすら国道沿いを歩く。中心街まで3キロほど手前でバスに乗り、津島に引き返した。





高知・本川の「一の谷やかた」 20050313

 高知県本川村(今は合併して伊野町に)は、吉野川源流の石鎚山南麓にある。人口800人の小さな村だった。ご多分にもれず、屋島の戦いで敗れた平家の落人が住み着いた、という伝説が伝わっている。
 石鎚山の稜線を走る瓶ケ森林道を通って何度も訪れていたが、泊まるのは初めて。「道の駅」に新しい宿泊施設ができているが、高知のオリエンタルホテルが経営しているから内容は想像できる。それよりも「一の谷やかた」は、隠れ家風で「囲炉裏を囲んで食事がとれて……」と書いてあって不倫カップルの巣窟になりそうで興味深い。
 四国最奥の山奥だったのだが、数年前に全長約5キロの新寒風山トンネルが抜けて、愛媛県の西条市から30分に短縮された。拍子抜けするほど近くなった。高知市まで1時間40分かかるのに、松山市までは1時間半で着いてしまう。
 標高700メートルちょっと。山門を入って渓流の橋を渡ると、大きな木造建築の「やかた」があらわれる。大きな窓ガラスがあって、雅やかな雰囲気がただよう。建物に入ると、眺望のよい窓際にはL字型に畳がしかれ、10個近くの囲炉裏が並んでいる。
 30年前にここの地主のオーナーが建てたという。現在の支配人は西条市内から通っている。
「宿泊する家のほうは30年たっているので、ちょっと古くはあるんですが」と言うのを聞き逃さなかったサルが、一瞬不安そうな表情をつくった。
 山の斜面には木造の家というかコテージというか小屋というか、という建物が点在している。50メートルほど斜面をのぼってそのうち1棟に案内された。なかは広い。2部屋ある。だが、寒い。雪が降っているから芯から冷える。せめて事前にストーブであたためておいてくれれば印象がよいのに。
 石油ヒーターをつけるがなかなか暖まらない。サルは複雑な表情をして
「ワイルドや……」と絶句している。
「あのさ、ガイドブック見たら落ちこむかな。一ノ又温泉とここと迷ったんだけどさ。一の又は14000円、ここは8400円って書いてあったからこっちに電話したんだけど、けっきょく1万円やろ。失敗したで……」と悔しそう。誘惑にたえかねてガイドブックをめくって、
「ほら、一ノ又は洋室もあるらしいで」
「ここは一戸建ての隠れ家風って書いてあるけど、どっちかっつうと忍者の隠れ里風やで」
 ま、来てしまったものはしかたない。風呂と食事に期待しよう。
 午後4時、100メートルほど歩いた渓流沿いにある「滝見岩風呂」へ。建物はきれい。脱衣場もストーブで暖まっている。湯もほどよいあたたかさ。目の前に滝が見える。きょうは2組しか宿泊はいないから、家族風呂のように使える。ゆっくり風呂のなかで本を読む。
 午後6時から夕食。
 囲炉裏の火が暖かい。ニジマスの刺身、山菜、アメゴの塩焼き、こんにゃくと豆腐とジャガイモの田楽、キジ鍋(シシ鍋も選べる)。どれもうまい。アメゴや田楽は串に刺してあるから囲炉裏の火であたためることができる。自在鍵にかけた鍋からふつふつと白い湯気がたつ。
 食事を見てサルはホッとした表情を浮かべて「「これは合格点や」と言った。
 夜、雪が降り、明け方にはうっすらと白くなった。ストーブが切れると部屋は寒い。 朝飯も、アメゴの甘露煮と長芋をすりおろした汁がおいしかった。
 帰り際、気分がよくなったサルが支配人に尋ねた。
「○○の墓って庄屋さんですよね。どこにあるんですか」
「すぐそこです」
(げっ、泊まった建物の真下やんか)
「平家七人首塚は遠いんですよね」
「いえ、すぐ上のツバキの咲いているところです」(泊まった家のすぐ上や)
 車に乗ってサルがため息をついた。
「聞かなきゃよかったわ。ゆうべのあの寒さって、庄屋さんと落ち武者の亡霊だったんちゃうかぁ……」
 まさに隠れ里の面目躍如。でも、風呂と食事は本当におすすめです。






 1泊2食で1万円。
 日帰りで食事と入浴だけでも可。入浴料は525円。