鏝絵
町内に3人いる鏝絵師の1人、ナガタさん宅は築100年の家だ。鏝絵を見学に行ったら、当主のナガタさんが偶然、家にいた。
母屋の左端には洋傘をかぶった富士山の鏝絵。明治18年の作品だ。
「どういう意味だと思う?」とナガタさん。和傘じゃなくてコウモリ傘なのがミソだという。コウモリは太陽を嫌う。陽が「火」に転じて防火の意味があるという。右端には、右に向かって走るネズミの鏝絵があり、その右側にあたる建物の側面には大黒様が福禄寿の散髪をする鏝絵がある。
「ネズミは大黒様の使い。大黒様が『手伝いに来い』と命じたから走っている。あるいは、母屋の左手が蔵だから『あっちへ行け(蔵から離れろ)!』という意味があるのかも」
蔵には虎の鏝絵がある。町内の虎の鏝絵はどれも縞模様がないのに、ここの虎だけは縞模様がついている。「安心院では縞模様があるのはここだけ」という。
「でも本当はナガタさんが描いたんじゃないの?」と疑問を呈する人もいるらしい。
「左目は金、右目は銀。銀のは私がつけたんだけど、何だと思う?」とナガタさん。
うーん、なんだろう、と迷っていると、「スプーンですよ」。なーるほど。
側面の散髪の絵。福禄寿の大きな禿頭を、大黒様が散髪する図柄だ。これは原画があるのだが、ユニークなのは、福禄寿が椅子に座り、大黒様がブーツをはき、和ばさみではなくて洋ばさみを使い、棚にはヘアトニックが置いてあることだ。
製作された明治18年には、まだチョンマゲを結っている人だらけだった。
「こんな鏝絵を飾って、よっぽどのかわりもんと思われたんじゃなかろうか」とナガタさんは言う。珍しいから、民俗学者もちょくちょく訪れるという。
道路の向かいの家には、ナガタさん兄弟が共同製作した鏝絵が飾られている。どこかで見たことがある柄だと思ったら、大波に揺れる小舟の向こうに遠景の富士を望む葛飾北斎の版画から、富士と小舟を取り去った図柄だった。
鏝絵は単なる伝統的な飾りではなく、時代の波を先取りし風刺する戯画の要素もあったのだ。歴史や背景を解説してもらうと、過去の遺物も俄然輝きを放ってみえる。
【つづく】