高知遍路 雪渓寺・種間寺・清滝寺

2004/1/8

初のお接待

 昨夜、立ち上がるたびに、「アタタタッ、北斗の拳や。アタタタタ」と叫んでいたレイザル、朝目を覚ましても、「かたまって動けん。痛いかどうかもわからん」と、ハゼのようにうつぶせになって動こうとしない。
 はさみを借りて、マメ予防のテープを足にはって7時45分に宿を出る。「これ、お灯明につかうのよ」と宿のおばさんが百円ライターをお接待してくれた。
 長浜の集落には、酔鯨の蔵と工場がある。真っ白な湯気がもうもうとたちのぼり、たきたてのごはんのにおいがただよう。
 三十三番雪渓寺。数珠を首にさげたおじいさんが 「犬がお遍路さんにすっかり慣れておったんだが。年寄りだから肉が食えない。たまにお遍路さんが肉をやると倒れてしまった」云々ととりとめもなく話す。
 納経所のブザーを鳴らすと、そのおっさんがでてきた。
「上官のラブレターを書かされた。検閲されるから、字もわからんようにへたくそに書いた。そんなんだから日本は戦争に負けた。フィリピンにも原爆病院にもおった。わしだけ生き残った。罪をおかしたから90になるのに生きとる。懲役みたいなもんだ。いつまでたっても迎えに来てくれん」。 住職だったんだろうか。
 8時50分、「遍路道」という小さな札を見つけ、小道に入る。あちこちに土蔵がある。豊かな村なのだろう。水が豊富で、平地が広いからかも知れない。
  「老人クラブ」のクの時が抜けた看板を見つけたレイザルは「これすごいで、『老人ラブ』やって」。
 三十四番種間寺には10時に着く。靴下を脱ぎ、マメ予防のテープを小指と薬指にまいた。お地蔵さんに菊やチューリップが供えられ、風車がくるくるとまわっている。境内に石鎚神社の社もある。 「出でまして五穀まきたる種間寺」という句が大師堂に記されている。安産の意味だというが、種馬寺ということでもあるんかな。
  レイザルはポケットをふくらませて納経所から戻ってきた。 「いっぱいお接待してもろた。お菓子をもらった直後に『いいお寺ですね』なんて言っちまった。誤解されたんやないかな」。歩き始めるやいなや、いただいたばかりのチュッパチャップスをなめはじめた。
 11時。仁淀川沿いの新川という集落に入る。仁淀川の水をひく用水路が集落を流れ、京都の木屋町の高瀬川のよう。昔ながらの石橋や蔵もあり、気持ちよい散歩道だ。
 国道56号の大橋で仁淀川を渡って春野町から土佐市へ。大型店が並ぶ国道は避け、旧道の商店街を歩く。 「もう疲れたぁ」「腹減ったぁ」とレイザルが文句をいうが、延長2キロ近くある長大な商店街に営業している食堂がまったくない。12時20分、ショッピングセンターでカツ弁当と焼きそばと菓子パンを買う。これだけ歩いたんだからたくさん食べてもよかろう、と考えたのが甘かった。
 田んぼのなかの道を北へ。30歳前後の女性のお遍路さんとすれちがう。編み笠に白衣の正装だ。高速道路をくぐり、山を登る小道には墓やお地蔵さんが多い。文旦の重い実が木にぶらさがっている。豊かな光景だなと思う。
 三十五番清滝寺直前の約100段の石段には一段一段に1円玉が2枚3枚ころがっている。なんの願掛けだろうか。13時45分、本堂に到着した。
 レイザルが般若心経を唱える真似をしているあいだ、境内を散歩する。山のわき水が流れ落ちるところには、花が飾られお菓子などのお供えがある。水神をまつるためか、境内に神社もある。
 はるか仁淀川の河口まで見渡せる。風の音、鳥の声、はるか遠くの海の音も聞こえてきそうだ。
 商店街までもどり、今度は国道沿いを20分ほど歩いてから右折し、用水路のような川沿いを南下する。16時20分、塚地峠の直前で「遍路道」の案内板を見つけた。「トンネル通らんですむやん」とレイザルはうれしそう。「峠まで800メートル」と書いてある。これなら20分でいける。トンネルより遠回りになるのは確実だが、それを言ったらレイザルはいやがる。知らないふりをして峠越えの道に入る。
 薄暗い森の地道は岩がごろごろだが、舗装道路よりは心地よい。でもレイザルは、「あーあ、遍路道があった!なんて言うんじゃなかった。でもお大師さまのめぐりあわせよね。これも。あーぁ」
 昔の「遍路道」の道標やお地蔵さん、石仏が倒れてころがっている。峠を超えると展望が開け、宇佐大橋と海がみわたせる。
 下山道沿いには無数の古い墓がある。それぞれに花がいけてあり、不思議と不気味さがない。
 宇佐港には幾隻もの遠洋漁船が浮かんでいる。18時、宇佐大橋を渡っているとき、真っ赤な夕日が沈んだ。
 ふり返ると東の山の端から満月がのぼってきた。
 ホテル風の国民宿舎は3年前にリニューアルしたばかり。露天ぶろは東側の海に面しており、満月が冷たい銀色の光の帯を海面に投げかけている。30分ほど、風呂につかりながら見とれていた。
 夕食は長方形の重箱で出てきた。鰹のたたきと、生ビール2杯と、吟醸生酒の地酒を追加した。どれもおいしい。2人で16400円。 【つづく】

 


雪渓寺

 


雪渓寺と種間寺の間の集落で

 


ガードレールで大根を干す

 


食堂のない商店街

 


清滝寺から

 


塚地峠から宇佐大橋