横浪三里
朝食を食べ終えたとき、従業員さんがにぎりめしを2つずつ手渡してくれた。「歩き遍路の方へのお接待」という。
午前8時、快適だった宿を後にして奥の院を参拝したあと、急な山道をくだって三十六番青竜寺へ。鐘楼が組み込まれた山門がユニークだ。約100段の石段をのぼった本堂の庭には、前掛けをつけたお地蔵さんにならんでいる。
寺を後にして歩いていると、熊のようなピレネー犬をつれたおばさんが自転車で追いかけてきて、「もう朝ご飯は食べたの?」と声をかけてきた。飼い犬の名はマンタ。「魚屋じゃけ、犬にも猫にも魚の名前をつけてるんじゃ」という。ちなみに、犬はマンタとマンボ、猫は、チヌにヒラメにキビナゴと名付けた。
10時前には宇佐大橋を渡り、内海沿いの車道を進む。「こういう道はつまらん。遍路道がほかにあるんちゃうの」とレイザルは不満そう。「これだけ山と海が迫っているんだからないんだって」とオレがいっても信じない。「だって、遍路道、の標識もぜんぜんないやん。おかしいやん」
波ひとつない内海では、釣り用のいかだを手作りする人をちらほら見かける。まどろむような海だから、筏が発達したのだろう。
11時20分、靴をぬいで休憩。70キロの体重を支える足首が悲鳴をあげ、歩くたびに足の甲がいたむ。途中ポンカンの「良心市」を見かける。20個くらいで300円。これでは多すぎる。試食用のポンカンを3個もらって100円置いておいた。「ポンカンの立目」と称するだけあって甘みも酸味もしっかりしていてうまい。
防波堤の裂け目から海に出て石段に腰をおろし、小島を眺めながら、梅と昆布の握り飯をほおばる。正面の太陽が水面にてらてらと反射し、光の絨毯をおりなしている。
14時、太平洋岸を走ってくる道路と合流した。後ろから自転車に乗ったおっさんが迫ってきた。道をゆずろうとしたら、いきなり話かけてきた。
「どこまでいくん?」 「須崎あたりまで。できたら久礼までいきたいんやけど」 「そりゃ無理じゃ。わしゃ、愛知にいたことあるし、あちこち知ってるから。泊まるなら須崎の三島旅館にしたらええ……」。10分ほどつかまった末に逃げだした。ふり返ると、白衣のお遍路さんが捕まっている。
5分後、そのお遍路さんがあっという間に追いぬいていった。50歳くらいのおばさん。「通し打ちですか?」ときかれ、「いえ、今回は高知から」と答えると、「私もですよ。今日は清滝寺からきました」。きょうは須崎に泊まり、今回は岩本寺の先まで歩くという。すごい。
「黒潮本陣に泊まる」とか「須崎から10キロだけ電車に乗る」というのが恥ずかしい。
突然、レイザルが「贅肉チェック!」と叫んで、二の腕の肉や腹の肉をながめはじめた。「おなかの方は、1段、2段、3段、あるね。まだまだ余裕あるわ」と自虐ギャグをかましている。「よくよく考えたらさ、連休なんだからバリとかプーケットとか、リゾートにもいけたのよね。今頃プールサイドでカクテルなんかのんじゃってさ……」
民家に、「岩本寺36キロ、青竜寺20キロ」の看板があり、ガラスケースに、「ご自由にどうぞ」と須崎市内の遍路道の案内地図がおいてある。
巨大なセメント工場が見えてくる。15時半、大阪住友セメントの正門の前を通過する。四国カルストの鳥形山からもっとも近い港湾なのだ。鳥形山は埼玉の秩父の武甲山と同様、石灰岩の採取によって形をかえてしまったことで有名だ。
海岸線を歩くと、殺風景な臨港地域を通る。海の上には幾隻もの貨物船が浮かんでいる。須崎は遠洋漁業の基地かと思っていたが、実はカルストの石灰を搬出する産業都市だったようだ。トラックの煤煙を浴びながら歩いてはじめて気づいた。
「トラック多いなあ。掘ったり埋めたりしないと人間はおさまらないんだな。賽の河原で石を積むようなもんやな」とレイザル殿。
16時、大間駅に着く。待ち時間が長ければ須崎駅まで歩くつもりだったが、16時09分発があった。しかもその次の鈍行は18時すぎ。乗るしかない。
大間駅で男子高生、次の駅で女子高生が大量に乗りこんだ。意識しないようでお互い意識しまくっているエネルギーの生臭さにくらくらした。
土佐久礼駅で降りて商店街と大正市場に立ち寄る。天ぷらを屋台で売っていた腰のまがったおばあさんが、「あんたらお遍路さんかい。きいつけてな。わたしも昔まわったんよ」と懐かしそうに話しかけてくる。アーケードには、タチウオやイワシをひらいて並べている。鰹のたたきを焼くための七輪と巨大なフォークもある。
大正市場を抜けて、漁港沿いの集落を歩いた。小魚を干したかごが軒下にぶらさがり、洗濯物が道路の物干し竿ではためいている。
17時半、黒潮本陣に着いた。和室のほかに茶の間もあり、机の上でパソコンを打てる。窓の外は海が広がる。海水の露天風呂で満月を眺めながら30分ほどあたたまった。
今回の旅で最大のぜいたくな宿だから夕食は豪勢だ。刺し身の舟盛りには、ウツボの薄作りと、コチの昆布漬けのカラスミあえ、鰹と烏賊と鯛のさしみ。鰹のたたき。伊勢エビと子持ち白魚の天ぷら、甘鯛の焼き物。つぶ貝。茶碗蒸し、クエ鍋。最後はクエ鍋の汁にごはんを入れて雑炊にした。
1泊2食酒を含めて2人で34073円。 【つづく】