愛媛遍路・春58-59

2004年4月10日
仙遊寺の山門
小道歩き

 前回到達した栄福寺の駐車場に車をとめ、午前11時に出発する。
 田園の川沿いの農道をたどり、鶏舎の臭いのただよう土手をのぼりきると、ため池にでた。池の周囲の木陰の地道をのんびり歩く。
 五十八番の仙遊寺の住職が「遍路道世界遺産化の会?」を主催しているためだろうか、「遍路道」の道標があちこちにあって、歩きやすい。
  池にボートを浮かべて魚釣りをする中学生がいる。まもなく仙遊寺の作礼山にとりつく。のぼる道沿いには桜やシャクナゲ、シャクヤク、ツツジが咲き誇っている。信者らが植えているのだろう。ことにシャクヤクのピンクで豪勢な花は圧巻だ。
「たてば芍薬……」と何気なくつぶやいたら、レイザルが芍薬の隣りに座りこんで
「座れば?」ときく。思わず
「……コブタ」と言ってしまった。
 11時45分、石段下の山門に着く。山門の仁王様の乳首を見て「乳首まで彫ってんで。あれ彫るの楽しかったやろね。欠陥が浮きあがって手、私が怒ったときみたいや」とレイザルはやけに感心している。山門を入った右手には、極彩色の前掛けをかけた観音さん?の像。「こっちはゴージャスマダムやな」
 急な石段を5分ほどのぼると標高300メートルの山上にある五十七番札所に着いた。境内からは来島海峡の大橋が望める。
 以前に何度か車で来たときは、「景色がきれい」以上の感想はなかったが、歩いてくるとちがった感慨がある。道端の祠やお地蔵さん、花や土を感じながらたどりつくからだろうか。
 寺を辞し、仁王さんの山門のところから、右手の山道に入る。
 木々の間から今治の平野がかいま見えて、ところどころに石の道標がある。寺から20分ほど降りたら、目の前に小さなため池があらわれた。緑の水面にピンクの桜の花びらがはらはらと舞い落ちている。
 午後1時前、ふもとの里にたどりつく。家々の庭先の芝桜や、田んぼのレンゲや菜の花……華やかな甘い香りがただよってくる。
 栄福寺を出発して2時間半も歩いているというのに、コンビニはおろかジュースの自動販売機もない。
「俗化してなくていいなあ。寺の水がありがたいよな」と声をかけようと思ったら、
「腹へったし、のどかわかん? コンビニくらいあったらええのになあ」とレイザル殿。
 次の瞬間、久しぶりに出会った自販機に吸い寄せられていった。さらに、農家の庭先にある素朴なパン屋「パンハウスしらいし」の調理パンで腹ごしらえ。
 3月に歩いたときもそうだったが、今治はなぜか麦畑が多い。麦の穂が太陽に輝くさまはなんともいえない豊かさを感じさせてくれる。小麦だろうか、愛媛名物の裸麦だろうか。
 楽しかった静かな小道もおわり、線路をわたって車道を歩いて午後2時半に五十九番札所の国分寺に着く。天平年間、伊予の国の国府はこの近くにあり、国分寺には数十人の僧が起居していたのだという。「一国守護別格本山国分寺」という何とも威張りくさった看板がよくあらわしている。今は小高い丘の上にある小さな寺。歴史とのギャップが興味深い。
 門前の土産物店ではタオルや土産物を売っている。「ソフトクリームあります」という看板をみてレイザルが
「食っちゃあかんなあ?」などと未練がましそうにしていると、店のお兄さんが出てきて、
「お接待させてください。タオルをつかってもらえませんか」
「いえ、いいですいいです」
「では、アイスをお接待させてください」
「え、いいです、いいです」
「とりあえず中に入っていきませんか。地図もありますから」
「いいです、いいです」
レイザルはやけに恐縮して遠慮して、お兄さんの誘いをことごとく断ってしまった。 歩き始めてから、
「お接待はあんまり断ったらイケンねんで」と僕が言うと、
「どないしよ。もどってアイスだけもらおうかな」
もう遅いっちゅうの。
 漆器の店や土蔵のある家が点在する桜井の集落を通り、午後3時15分、JR桜井駅に到着した。駅裏の桜が満開で、妖艶な色気をただよわせていた。 【つづく】


シャクヤク


仙遊寺

 


乳首に注目


シャクヤク


桜井駅の桜