やけに病院が多い土佐清水市街地を歩いていると、レイザル唐突に尋ねた。
「そういえば、くしゃくしゃおじさんは、どないしてるんやろな」
「なんやそれ」
「知らんのか。戦争で落馬したんで、顔がくしゃくしゃになったんや」
「よお知っとるなあ」 「どうでもいいことばかり知ってるんや。博士や」
出だしは好調だ。
廃業したガソリンスタンドが卵やら野菜やらの直売所になっていたから、ブリ飯と干しいもを買う。
突然、昔の薬のコマーシャルを思い出す。
赤ちゃん夜泣きで困ったなぁ…という歌だ。口にしてみた。
「かんむし、ゲロはき困ったな。かんしゃく逆ぎれ、困ったなあ。食欲旺盛太ったなあ」
いつの間にかレイザルの歌になった。
「それ、ゴローがほんまに困ってるみたいやんか!」と怒って問う。
「困ったことってあるの?」
「もう慣れた」
「だからあるの?」
「だから慣れたって」
「慣れたってのはあるの?」
「……」
しょうもない話をしているうちに、海岸の道路沿いに黄色いオキザリスの花や、紫のブーゲンビリア、赤いサルビアが咲く「花街道」に出た。春の花ばかり。今が一番寒い季節なのに。
「空気がゆるゆるしてんな。高知はやっぱ違うなあ」とレイザル。
ポンカン売りのおばさんが一輪車に太い体をねじこんで、昼寝している。俺らも休憩し、さっき買ったブリ飯180円を食べる。昆布と醤油で味をつけていておいしい。
15時10分。峠越えの遍路道との分岐点。遍路道保存会の看板が壊れかけている。これを右折して峠をこえれば延光寺まで36.8キロ。直進して下川口から内陸部に入れば41キロ。峠越えの道は途中に宿泊施設がないから、1日で宿毛までたどりつける下川口経由を選ぶ。
三崎浦の集落。昭和初期風の立派な屋根をもつ家を見たレイザルは
「このおうちの屋根ってすごい立派でしょ。ええなあこんな家」という。よくみたら壁に「売家」の看板があった。
「ほな買うか?」
「なんや、売家って言葉を見たとたんにボロく見えてきたわ」
竜串に入ると、人の気配のない「ホテル」「民宿」が次々にあらわれる。春には客引きおばさんでにぎわっていた「珊瑚博物館」も無人だ。
「竜串荘」に到着する。
「おつとめはどちらですか?」という。 「エッ?」と問い返すと 「お勤め先は」と繰り返す。そんなこといちいち言わんといかんのかいな。
「フリーです」と言っておいた。
と、素泊まりなのに2人で11000円。あとから「共済組合」の施設であることを知った。「市役所職員」と言っておけば1000円安くなっていたのだ。もったいない。
食事は出ないから、5分ほど清水側にもどった場所にある「黒馬」という居酒屋に入った。
「なんか食べ物ありますか。何でもいいんですけど」というと、アジフライ、鯖味噌煮、マグロ山かけ丼、めざし、みそ汁が出てきた。どれもうまい。とりわけ鯖がいい。生ビール3杯を加えて2人で4900円だった。勤めていた会社をやめて11月に開店したばかり。
「清水鯖は今が旬だから、生きてるのを食べさせたいなあ」という。食べたいなあ。
風呂に入って午後8時就寝。
【つづく】