冬なのに春だらけ
朝6時40分、宿を出るとまだ真っ暗だ。だが10分もすれば東の空がほんのり明るくなり、海中展望塔が見えてくる。7時になるともう朝だ。
7時10分、下川口の分岐点に着く。海岸沿いの遍路道も魅力だが、距離が10キロ以上も長い。川沿いにのぼる県道を選ぶ。中学生が自転車やジョギングで走ってくる。
宗呂の集落を抜ける旧道に入る。庭に置いた籠の上に白菜をほしている。「塩水につけるより、最初にほしとくとおいしくなるんよ。(愛媛の)一本松だとこれだけで160円。ここらのスーパーの半額だね」とおばあさん。白菜の漬け物の作り方は地域によって違うのだろうか〓。
川床のあちこちを掘り返し、河岸には階段状のコンクリート護岸をつくり、砂防ダムも新たに作り直している。去年の台風の災害復旧のせいなのか、工事がやけに目立つ。
河原では、正月飾りを焼いている。集落を抜けて県道にもどると、いつの間にか一車線に狭まっている。とはいえ、拡幅工事は着々と進んでいる。宿毛まで二車線の道路が通れば、海岸沿いの国道ではなくこちらが足摺への最短ルートになる。それが狙いなんだろうけど……。
9時半ごろ「出合」というT字路にたどりついた。下川口から8・7キロ、小筑紫まで11・5キロの地点だ。
左折してさらに川沿いにのぼると、ススキなどの雑草に覆われた棚田が目立つ。上流は廃村になったのかなあ、と思っていたら、30分ほどで坂井という集落に出た。宿毛と清水との境界にある集落だから、おそらく「境」から転じたのだろう。
大根畑を耕しているおじさんは「台風で、この畑は水没した。橋の欄干まで水にうまった。ここらの家は高いからいいけど、下川口あたりは家の天井くらいまで水が来た」という。
川はいつの間にか用水路のように狭まり、そのうち集落のドブになってしまった。
葉を落とた雑木林風の小さな林があり、わきに椎茸のホダギが並んでいる。「どんぐりの木で、ナバナにする」という。椎茸用の雑木を育てているのだ。「ドングリは生長が早いから」10年くらいで伐採できる。
10時20分。坂井峠。峠なのに集落だ。珍しい。アンパンを半分ずつ食べる。
坂を下り、舟ノ川という集落に近づくとコンバインの音が響き、炭焼きのにおいが漂ってきた。家々のわきに薪が積んである。川沿いの田んぼで2筋3筋と野火の煙があがっている。正月飾りを燃やすとんど焼きなのか、それともわらを燃やしているだけなのか。
正午、「延光寺20キロ」の看板を見つけた。30分後、「宿毛9キロ」の看板があり、磯のにおいがした。見回すと、家の庭に鮮やかな緑の海藻〓を干している。川で何かをとっている人がいたからカワノリなのか、あるいは汽水域だから海藻なのか。
峠では影も形もなかった福良川はいつのまにか幅20メートル近い立派な川になっている。ツツジと椿が隣り合わせに咲いているのが高知らしい。
「ブンタンや!」とレイザルが突然叫んだ。たわわになる実はいかにもおいしそう。
「お遍路さんはご自由にもっておいきなさいや、って書いてへんなぁ」
12時45分。国道に出た。「デイリーヤマザキ」を通過する。「ベンチで弁当食ってもええなあ」というレイザルを無視して歩いた。このまま飯を食わずに宿毛まで歩こうか、と思ったが5分後、「喫茶よさこい」にレイザルは吸い寄せられていた。「日替わり定食コロッケ600円うどんつき」。否応なく入ることに。
コロッケもうどんもなかなかの味だ。キンカンの砂糖漬けもついている。2人で1200円はお得だ。
山に囲まれた伊与野をすぎると海に出る。もう一度坂を越え、「道の駅」を通過してしばらく行くと、松田川の河口だ。
潮がひいているせいかあちこちに中洲がある。河岸から岩を積んだ長さ3,4メートルの突堤がいくつも突き出ている。舟をつけるには小さすぎる。いったい何だろう、と思ったら、いすが1つ置いてある突堤があった。釣り人のためのものだったなのだ〓。
国有地である河川敷で こんなものが許されるというのが面白い。許されないで勝手にやっているとしたらなおのことおもしろい。
松田川大橋を渡る。右手に宿毛の市街地がみえる。宿毛駅の観光案内所に立ち寄ると、陸続きの島にある国民宿舎をすすめられた。和洋食を選択できて、洋食はフランス料理。今の時期はだるま夕日も見えるとか。でも、ここから10キロはあるから今回はパス。
「おすすめの居酒屋は?」と問うと、これまた市街地から離れた「いごっそう」という店をすすめる。「車で5分ですから」というが、これもパス。
約2キロ離れた市街地へ向かう。県道沿いは郊外店でにぎやかだが、市街地に入るとうらぶれる。スナックやキャバクラ、古い醤油屋、薄暗いアーケード。1軒目のビジネスホテル(旅館)はさびれ、2軒目は「ご休憩」のある連れ込み宿風、もう1軒もいまひとつ。結局、商店街にある「米屋旅館」を選んだ。「日観連」の看板があるから少なくとも連れ込み宿ではないし、宿の主人は感じのよい人だ。。
夕食は、タイとマグロの刺身、うどん入りすき焼き、エビフライ、サラダ、ご飯とすまし汁。それにビール大瓶と冷や酒を飲んだ。1泊2食で2人で12800円だった。
明日の天気予報は雨。
「なぁ、どないする。歩くんかぁ。やめようよ」とすでにレイザルは逃げに入っている。
【つづく】