土佐から伊予へ遍路道B

2005年1月15日

デブの法則

  午前4時、一度目が覚めた。雨音がする。力が抜けて、また寝る。朝食をとり6時半出発。
  アーケード街はまだ真っ暗。アーケードを出ると、路面はぬれているが、雨はほぼやんでいる。高架の上にあるマッチ箱のような東宿毛の駅へ。同じ道を2度歩くのはいやだから、行きだけは鉄道を使う。
 便意を催すがトイレがない。クサイ屁をこいているうちに、ワンマンの気動車が来た。
「うんちんはうんちん表示器を確認のうえ、うんちん箱へ。うんてんしゅに……」との車内放送は刺激的だ。
「そんな、うんちうんち言うたら刺激されるやんか、なぁ」とレイザルはうれしそう。
 午前7時、平田駅におりる。延命寺までは2.5キロほど。空が薄明るくなり、山には雲がたなびいて水墨画のよう。国道56号を歩きながら、レイザルがしゃべりつづける。
「私のOL時代はお見合い八八カ所やったわ」
「よかったなあ、結願(ケチガン)できて」
「いやまだ遍路の途中や。今が最大の難所や」
「そりゃ俺にとってちゃうんか。日々修行やでホンマ」
「気まぐれ住職のレイザル寺。おせったいも気まぐれレイザル寺。お接待させられることもあるレイザル寺」……。なかなか朝から調子がよい。
 国道を右折して脇道に入ると、とたんに田園風景になる。梅のつぼみがふくらみ、ナンテンの赤い実やキンカンの黄色い実が彩りを添え、露地のイチゴがもう赤い実をつけている。
 寺に近づくと、民宿が増える。「へんくつ屋」という屋号には驚いた。「中身が大事とはいっても、この名はないやろ」とへんくつレイザルが言う。霧が切れると、青空がちらりと見えた。
 集落の奥にある寺には7時40分に着いた。雨上がりのためか、しっとりしている。時折、椋鳥らしき鳥がバタバタと羽音をたてて飛び立つ。山門を入って左手の弘法大師像の足下は、経の記された布で覆ってある。 「ルーズソックスみたいやな」。観音像はチェック柄の前掛けをつけている。 「すごい。バーバリーやで」
 門前には「観自在寺27キロ」の看板がある。午後5時前には着くかなあ、と考えた。
 国道56号を西へ。9時半、松田川にかかる新宿毛大橋をわたって宿毛市街へ。上流側には巨大な防潮堤があり、下流側はうっそうとした林のわきを蛇行して河口に至っている。緑の水は川底の岩まで透き通って見える。だが川縁はコンクリート階段になっており、河川敷はブルドーザーが入って整地している。公園でも作るのか、単なる災害復旧なのか。
 東宿毛駅を通りすぎて、商店街などの外側をぐるりとまわる形で10時すぎに国道に合流する。松尾峠を越える旧道の遍路道に気づかず、伊予と土佐の国境の番所跡を見られなかったのは残念だった。が、結果的にはそちらの山道を選ばなくて良かった。
 レイザルの歩行スピードがみるみる落ちる。「ひざが痛い」という。杖になる木を探して、4足猿足歩行を始めた当初は「ペース速くなったやろ」と威張っていたが、まもなく、おばあさんのような足取りになって黙りこんだ。「大丈夫か」といってもうなずくだけ。
 250メートルの宿毛トンネルを抜けると、真下に透き通った川があらわれる。川に沿ってできた谷間の盆地の上には、青空がぽっかり。ナナホシテントウを見つけた。いったい今は何月なんだ。
 1時間に1度は休憩をとるが、しんどそう。休んだら休んだで、歩きはじめがまたつらい。
 正午過ぎ、県境に到着する。篠川にかかる橋を渡ると、愛媛県愛南町(旧一本松町)だ。
「バス乗るか?」
「あと1時間だけ歩く」
「一本松には温泉があるからそこであったまってから、バスに乗ろうか」
「そうする。がんばゆ」と脂汗をたらしている。
  峠にある一本松隧道を抜けると、川は愛媛側に注ぐ増田川になる。県境から4キロちょっとを約1時間半かけて歩き、13時45分、一本松あけぼの温泉にたどりついた。
 入湯料400円。風呂につかると足の力が抜けて気持ちいい。半身浴をしているうちに何度もうつらうつらする。9時間も寝たのに、やっぱり歩くと体力を使うのだ。
 15時20分のバスで約9キロ先の御荘へ。御荘中心部の静かな商店街にある「山代屋」という旅館は築80年という。部屋は2階だが、トイレが1階にしかない。
 旅館の目の前に駄菓子屋を見つけた。懐かしくて入ると、「店じまいセール 100円の買い物で30円、50円、100円のあたるガムくじがひけます」という張り紙がある。
 え、もう店じまいなの? 27,8年前からやってるが、子どもがいなくなって商売にならないのだそうだ。懐かしいヒモゴマも今は売れない。
「今の子は外で遊ばなくなったからねえ」とおばさん。
「このへんは年寄りばかりで子どもはぜんぜんいない。駄菓子屋もたくさんあったけど、わたしんとこだけになった。うちもあと2,3日で終わり」
 なんだか寂しいなあ。と、感傷にふけっている間にレイザルは、22点220円分の駄菓子を買いしめた。
 夕食は、ブリ刺身、グレの煮付け、エビフライ、昆布巻き、キノコのあんかけ豆腐、ほうれん草、吸い物。グレがうまい。ビール1本と冷や酒1杯をのんだら腹いっぱい。
「なんで膝が痛くなるんかなぁ」
「デブになって負担がかかるからちゃうか」
「足が痛い、って言って民宿泊まって、たらふくごはん食べて体重増えて、足に負担かかって足が痛くなって……悪循環や。そのくせデブに限って、『もう腹ぺこで動けないよー』とか言って座り込むんだよな。ろくすっぽ動いてないのによ」(自分のことやんか)
 9時前就寝。 【つづく】


国道56号を歩く



延光寺山門から

 


バーバリー前掛けの観音さま

 


国道56号を宿毛へ

 

 


テントウムシだ!

 


懐かしの駄菓子屋


「山代屋」1泊2食つき6000円。