午前10時、叡電の鞍馬駅に降りると、空気がヒンヤリする。肺が透明になるような感覚を覚える。
「あっ忘れた。しもた、もうあかん」。 レイザルが呆然としている。
「どしたんや」
「マイ杖忘れた。こりゃあかんで」
「途中で木の枝拾えばええやん」
駅前で赤飯と栃モチを買う。が、道路に出たところの店の方がおいしそう。麦饅頭とひねった団子計3個を買った。
「やられたな。ぜったいこっちの方がおいしいわ」と悔しそう。道ばたで、鞍馬の火祭りの巨大松明を作っている。
川を渡り、登山道に入ってまもなく、サルは杖を拾った。僕もちょうどいい案配の枝を拾った。
「あ、それ私のや」。あっという間に奪われた。
「きょうの私は、早池峰のときみたいなヘナチョコちゃうで。新しい歩き方を発明してん」
杖を両手にもち、腰を曲げてザックザックとついて歩く。
「人間は、直立歩行は無理があるけど、かといって馬みたいに全く四つん這いは無理があるんや。北山を追われる忍びのイメージや。いいなずけとの約束を守らず、ほかの男と恋をして村を追われるときに逃げていくときの姿勢や」
滔々と語り始めた。あまり相手をすると大変だから、聞き流して「四足サル足歩行」と名付けた。
スギの山と、北山らしい二次林の雑木林が交互にあらわれる。スギの林はヒンヤリ冷たい。自然林に入ると、ホワッとしっとりする。目をつぶっていても違いはわかる。
まもなくピークにつく。 「着いたで。一生懸命歩いたからムチャ早いなあ。もうヘナチョコとは呼ばせへんで」
レイザルは騒いでいるが、どうも早すぎる。地図では2時間半のコースタイムのところを1時間半で歩くなど出来過ぎだ。案の定、遙か手前の三又岳というピークだった。コースタイムより30分近くオーバーしている。
「こんながんばったのに。地図のコースタイムはへんやで……、な、おかしいよなあ」 さっきまでの勢いがウソのようにしょげている。
【つづく】