海岸通りから1本東に入った途端にレイザルはつぶやいた。
「なんや終わってるなあ」
くすんだ木造の家の壁に、やせぎすの猫がへばりついてトロリとしている。ハスキーやらゴールデンレトリバーやらの巨大な犬を腰の曲がったおばあちゃんが引っ張る。引きずられないんかいな、と思うけど、大型犬も覇気がなく、やる気が見えない。
「西宮の金持ちの家の犬は、自分は番犬なんや、という気概を感じるやん。プライドがあるわな。ここのは終わってるわ」
いつも吠えられてはアワワと逃げ回っているくせに、弱い犬を見ると強気になる。
古びた旅館街の一角にある民宿「市原」(朝食つき2人で1万円)はそんな一角の2階建て木造家屋だ。
「おばあちゃんの家のにおいや」という。 台所からはシューシュートントンと、湯沸かしと包丁をたたく音とともにみそ汁の香ばしい匂いが漂う。2階の便所に入ったレイザルは情けない顔をして出てきた。
「ボットン便所や。はねてきそうでこわい。大きな蜘もいるぅ」
部屋は道路側。クーラーは100円入れて動くようになっている。せこいとも思ったが、うちでもこの方法を採れば電気を節約できるだろう。
「日も弱くなったし、泳いでらっしゃい」と民宿のおじさん。夫婦とも愛想がいい。
町を歩く。看板がさびついた店が並ぶ商店街は、お盆間近なのにほとんど人影がない。飲み屋街のシャッターも閉じたまま。
「なんもないなあ」(サル)と話していたら、本物の普通の商店街のアーケードに出た。
夏祭りのため、流しソーメンを催している。でも、しばらく歩くと人通りは途絶える。傾きかけた旅館の店先に「結婚相談承ります」「女性の方募っています」の看板がある。ショーウィンドー(というより飾り棚)の弁当の見本もかわいてホコリにまみれている。
「跡取り息子の嫁探してんのかいな。こんなん、いくら女将さんになりたいからって、嫁ぐ気にはならんわ。もうちょっときれいにしたら考えたってもええけどな」。自分が引く手あまたの女の子のつもりになっている。
この街は銭湯が多い。洗面器とタオルをもったおばあさんが歩く姿は、懐かしくてあたたかみを感じさせる。
夏祭りに行く高校生の女の子たちはみんな浴衣を着ている。
「きょうは祭や!って、頑張ってる感じでええなあ」(サル)
色とりどり。デザイナー物っていう感じではなく、地元の呉服店で買ったのだろう。着こなし方もさまざま。裾が短い子もいる。
「都会では浴衣ってたまに着るもんやけど、ここの子は毎年着ているって感じやん。裾が短いのは中学生のときから着てるからや」(サル)
なるほど。 【つづく】