早朝、巨大なアブが羽音をひびかせている。うっとおしいけど、眠たい響き。
港をあがって、細い道を山のほうへ折れる。
近寄るアブにブーンとタオルをふるったら、つがいが2匹、じゃれあいながら飛んでいった。と思ったら1匹だけ俺をそばをくっついて離れない。仲間はずれなのか、監視なのか。
やたら甘い。鼻の奥が甘い。最初はアヤメ、それからツツジ、柑橘類の畑に入ると白いミカンの花の群落…。懐かしいな、と思う。別に生まれ育ったわけじゃない。歌だ。
♪ミカンの花が咲いている♪
これ、ほんとにミカンだよな。疑問に思ってちょっと葉っぱを拝借して、指でつぶしてにおいをかぐ。間違いない。
パンという炸裂音。猟銃だろうか。
まだ耳元でブーンとうなっている。合間にウグイス。
ミカン畑をつらつらのぼって、のんびりくだる。道端にはソラマメ、それからインゲンの花だ。眼下に狭い砂浜があり、海は春独特のぬめりがある。ゲル状に固まり、さわったらプニュとへこむんじゃないか。
ミカン畑に敷かれた朽ちかけた古畳の下から、アオダイショウ(たぶん)がシャラシャラと音を立てて出てきた。フジの紫の花がすだれのよう。熱帯のブーゲンビリアさながらだ。
アブはタオルをふると離れ、5秒後にもどってきて、2メートルほどの距離をおいてまた浮かぶ。その繰り返し。
つがいがもどってきた。「なんだこの人間は。どんと座って、へんな機械をいじりやがって。俺たちのデートのじゃまするなよ」
【つづく】