午前5時前、前夜手渡された弁当をザックに詰め、車に乗り込む。夜明け前のうす暗闇、大きく空気を吸い込むと肺胞の隅々まで洗われる。
サルは、河原坊まで6キロのドライブのあいだ、ほとんどしゃべらない。サルが静かなときは、怒っているか、怖がっているか、食べているか、だ。
「怖いんか?」
「当たり前や、遭難なんてせんよなあ」
「大丈夫、大丈夫、国道2号線の横断歩道を渡るより安全や」
「うん…(不満の表情)」
登山口の河原坊を午前5時40分に出発する。
サルを山に連れ込むため、石井スポーツやらロッジやらに連れていって、好きな服とザックを買わせた。「かわいい」と選んだピンクのシャツと黄色いTシャツ、「ヨーロッパの雰囲気だから」と選んだミレーのデイパック、靴は「フェラガモもイタリアだから」といってイタリアのザンバランのゴアテックス製、ズボンも新素材。伸縮式の杖もある。格好だけみたらいっぱしのビーパル登山家だ。
谷沿いに登り、水が枯れるにつれ、周囲の白樺の木々の樹高は次第に低くなる。森林限界間近の午前6時40分、朝食休憩をとる。握り飯2個と鮭と卵焼きと漬け物。岩間からわく水で喉をうるおしながら、ほおばる。
7時10分に出発。谷筋を離れ、尾根にとりつく。岩また岩をはいずるように登る坂にサルは
「なんやこれ、こんなん違反やで」などとわけのわからんことをつぶやいている。
サルのペースに合わせてのんびりだから、周囲の花やら虫やらがよく見える。青や黄、白の可憐な高山植物が中腹から頂上にかけての岩場を彩る。花季は終わっているがハヤチネウスユキソウ(エーデルワイス)もある。じっくりカメラを構える。青空を背景にすると花が映えることがわかってくる。
【つづく】