ニホンのええ下界 日生A

ボヘミアン上陸

岡山・日生の鹿久居島 1999年7月

国王に就職

 シモボケが、買い集めた食糧や酒を披露する。スナック類だけで数千円分、フルーツゼリー20個、酒は、黄桜、マル、薩摩白波の紙パック、ほかにワインが数本、ウイスキー、差し入れの「越の寒梅」とビール80本…。
「このくらい飲むで。軽い軽い」。シモボケの見通しが当たったことはない。
「そろそろ俺は失業や。今回は就職活動も兼ねてるんや」
我々が向かう「古代体験の郷 まほろば」にはかつて国王がいたという。
「いまどき王様いうてもなり手がおらんやろ。俺がなったろと思ってな。俺が王になったらお前らも大臣くらいにさせたるわ」
だれも相手にしない。
 駅前の桟橋から「大生丸」に乗り込む。船室25人、甲板36人の計61人定員の船だ。
 タッチオジサンはひとりで暑苦しい船室に入る。「教祖の部屋」と呼び、だれも足を踏み入れようとしない。僕がおずおずと船室に入ると、見向きもせずに新聞に集中している。教祖の威厳がもっとも感じられる一瞬だ。読んでるのは「スポニチ」の競馬欄である。
 15分ほどで、鹿久居島の小さな湾の浮き桟橋に接岸する。  「まほろばの郷」は歩いて小さな丘を越えたところにある。砂利道わきから、カニがちょろちょろと這い出し、「マムシ注意」の看板も目立つ。
 15年前、若かりしボヘミアンは、日本海に浮かぶ隠岐の海岸でサバイバルをした。簡単な調味料しか持たず1週間を無人の浜ですごすのだ。そのとき、マムシの出現に恐れをなして逃げ出した軟弱者の1人がシモボケだ。
「また脱走したくなったやろ」との問いに
「俺はあとから良心に痛みを感じて戻ったから脱走ちゃう。アドベンチャーや」
 小さな湾に養殖筏が浮いている。次の丘の上に、茅葺きの建物が点在しているのが見える。あれか。
 遠くから見ると、緑豊かな環境といい、透明な海といい、高級リゾートの風情だ。
 「まほろば」と書かれたツタのからまった木のゲートをくぐる。管理棟前の庭には赤黒い実をたたえるヤマモモの木がある。甘くておいしい。管理棟で寝袋と寝間着を受け取る。
 このとき、なぜか、シモボケが浮かない顔をしている。
「どうしたんや」
「ここでも不況や。早くも挫折や。もう国王制はやめたんやて。夢破れたわ」
だれも相手にしなかった。 【つづく】

弥生の住居をシルエットに夕空が映える