ニホンのええ下界 日生C

ボヘミアン働く

岡山・日生の鹿久居島 1999年7月

燻製

 周囲の騒ぎにも教祖は動じず、窓際の切り株イスに座って、ひとり携帯ラジオに聴き入っている。なにか大事なニュースがあるのだろうか。
「ビール飲むか!」と声をかけてもニッと笑ってうなずくだけで、また自分の世界に入ってしまう。さすがの集中力や。放送の中身は競馬だけど。
「タッチおじさん、なんや一人でたそがれてるなあ」。サルが感心している。

 燻製作りキットをシモボケが取り出した。チップを燃やし、金網の上に鶏肉とタコ、チーズと卵をのせて煙でいぶす。
 こんなとき、よく働くのがセージとシモボケだ。シモボケは頭まで筋肉でできてるようなヤツだから体力がある。セージはヘナチョコだけど、「隊長」の称号を奪われてなるものか、と下僕のように皆に奉仕する。その間、コージはひたすら床でゴロゴロ転がっている。この役割分担はこの十数年変化していない。
 ビールを3本ほど飲んだところで雨があがった。
 浜に降り、小さな湾にカヌーを浮かべた。

 高床式にもどると薫製はほぼ完成している。チーズは香ばしくなり、卵もうまみが増している。
「でもずいぶん数が減ってるなあ」。サルがブツブツ言う。シモボケが食ったに決まっている。
シモボケとナカムラが横断幕を作っている。「ボヘミアン教 結婚の儀」とある。
  「これは俺が10年間愛用したシーツで作ったんや。ありがたいやろ。永久保存せなあかんで」
確かにあちこち黄ばんでる。おまけに意味不明の 真っ赤なバラがど真ん中に刺繍されている。大酒飲んではゲーゲー吐いていたあのころ、扇風機もなく汗だくで寝たあのころ…、つい思い出してしまう。 シモボケのゲロや垢や汗が染みついていると思うと、あまり触れたくない。
「これは優勝カップみたいなもんや。結婚するたびにその一家に手渡されるってのは、どや」
「最後になったら最悪やな。だれがババ引くんや」
「そりゃジャマネやろ」
「いや、あいつは一生結婚できひんから大丈夫や」
「せやな」  【つづく】

 

「バー竪穴」で熱弁ふるうタッチオジサン