宿毛から足摺岬へ向かう国道を西へそれて、20分ほど。ひなびた漁港から車1台がようやく通れる山道に入る。
リアス式海岸の崖の上に海をみおろす小道が通っている。10月の午後4時前というのに、反射する日差しがまぶしい。
まもなく小さな漁村がポッカリと開けた。港には人の気配がない。エンジンを止めると、ハエと蚊の羽音だけが空間を満たしている。
柄杓やバケツが並ぶ墓地を横に見て坂を登りきった岬の根っこに木造の小学校がある。北も南も海。とうの昔に廃校になり、「自遊学校」という民宿になっている。教室が客室。電気はなく、夜はランプが灯る。
「お久しぶりです」。声をかけると、主のカワラギさんが出てきて、無精ひげを生やした5年前と同じ風貌で、手を差し出した。
「今日あたり、泳げますよね」と尋ねると
「もちろん。ここまで来て泳がなかったら意味ないよ」
「泳ぐ用意してないから」とツレが言うと
「Tシャツの方がいいよ」
海岸線を北へ6つめのカーブミラーのわきの獣道をくだる。くもの巣が張る急な坂を5分ほどで浜に出る。波に磨かれてツルツルになったこぶし大の石がゴロゴロする、幅20メートルほどのプライベートビーチである。南の岬の上に自遊学校の一本松が見える。
「また蚊にさされた」とツレが顔をしかめる。
「水に入れば刺されないよ」と言うとようやく覚悟を決めて泳ぎ出した。
満潮だから珊瑚は見えないけど、熱帯魚や小魚の乱舞、ウニや貝ももちろん見える。だれかが捨てたらしいシシトウなどが流れ着くのはまいるけど、水は透き通り、10月とは思えないほどあたたかい。無人島に漂着した映画の主人公のような気分だ。
【つづく】