早池峰から下山後に泊まった鶯宿温泉は小岩井農場のすぐ近くだ。が、
「ここだったらいつでも来れるわなあ」というレイザルの言葉で、青森県境に近い浄法寺町に向かうことになった。
盛岡インターを入ってまもなく、レイザルが騒ぎだした。
「花巻といい大迫といい、このへんといい宮崎駿男の『おもひでぽろぽろ』みたいや。ハワイでもオーストラリアでもイギリスでも、こんな新鮮な風景なかったわ」
水田の合間に木々に覆われたこんもりした丘、護岸工事していない自然な川が横切り、西側には岩手山がどっしりとそびえる。道ばたには花が咲き誇る。ドライブインやラーメンなどの巨大な看板がなく、田舎にありがちな道路脇のがらくたの山もない。なにもかもが緑や花の色で染め上げられているのだ。
岩手山サービスエリアに俳句のポストがあった。レイザルは黙って紙を手にすると、一瞬にしてサラサラと鉛筆を走らせた。いわく、
たべものおいしい みちのくふとり旅
結局食い物のことかいな。
浄法寺ICを出て左折し、山を登るとまもなく天台寺だ。
長い石段の参道下には、杖が置いてある。わきにはタバコ畑がのぞく。
「筋肉痛やイデデ、イデデ」とレイザルは、足をヒョッコヒョッコ引きずる。遅咲きのアジサイが木陰の石段に彩りを添えている。
「あっ ゴローや」
レイザルがアジサイの根元を指さす。身長20センチほどのお地蔵さん。ほっぺたが垂れ下がり、とぼけ顔で、たしかに僕の5歳のときにそっくりだ。よく見ると、木の根元や祠の前など、あちこちにお地蔵さんがただずんでいる。
「羅漢さんみたい。漫画チックでこわくない」(レイザル)
涼しげな鈴の音が聞こえる。石段を登りきった山門前の小屋の軒下で風鈴が揺れている。
「ようこそ、いらっしゃい。きょうも暑くなりそうですねえ」。風鈴と一緒に流るお姉さんの声は、夏のほうけた空気になじみ、耳に心地よい。
【つづく】