霧ヶ峰クロカンツアー@

2000年2月

 

 1970年代風の、ちょっと黄ばんだパンフレットを手にレイザルは「あかん…」と絶句した。予約金を取られていたからいまさら変更できない。
「…前金は客が逃げるのを防ぐためやで」
 霧ヶ峰の「スポーツホテル双葉屋」。パンフレットの写真には、コンクリートの土間にパイプ椅子、スキーヤーの服装はこの20年見たことのないような時代物だ。

(登場人物:
  セージ&ユミさん夫妻 レイザル 僕)

 

 

 

 

 

この格好、何時代?

 

 

 

スポーツホテル「双葉屋」

 2月の吉日の昼過ぎ、一行4人が上諏訪駅に集まったが、サルとユミさんは
「ハーモ美術館に行こう」「昼ご飯食べよう」と、なぜか諏訪湖周辺を離れたがらない。どうも「双葉屋」に着くのを遅らせたいらしい。
 上諏訪から霧ヶ峰までズンズン登ると、雪がどんどん増え、冷たい霧が流れる。40分ほどで霧ヶ峰のスキー場の強清水に到着する。
 スキー場の目の前にある「スポーツホテル双葉屋」を見て、
「思ったよりマシやん」(レイザル)
2階の屋根のすぐ下の部屋は六畳が2間つづきで片隅にコタツがある。畳は多少へこんで、ボールを置いたらころがりそうだが、その程度はご愛敬だ。
「よかったなあ」「これなら大丈夫や」(ユミさんとレイザル)
 午後4時、さっそくクロカンのスキーを借りる。4人とも全くの初心者だから、靴を板にはめる方法から教えてもらった。
 雪の積もったグラウンドで歩き方を練習し、夏場のハイキングコースへ。
 木立のなかを縫うように歩き、たまの下りでズルゥー、ズルゥーと滑る。
「これや、これがクロカンやで。牧場のなかとかじゃ、あかんもんな。木立があるからええんや」とレイザルはご機嫌だ。
 30分ほどで小さな神社に出る。と、ドカンと展望が開ける。八ヶ岳の峻険な山が赤く染まっている。雪の色もピンクに染まる。 「きれいやなぁ」と思わずため息をつく。
 15分ほど歩いて、「そろそろ暗くなるし、もどろか」ときびすを返すと、ユミさんが呆然として
「また…戻るんか…ええけど…」
どうやらそのまままっすぐ帰れると思ったらしい。
 まもなく太陽が地平線の下に隠れた。周囲はますます赤く染まり、汗ばんだ首筋が急に冷える。
 ユミさんは無言で足を滑らせていて、声をかけても振り向かない。セージが雄叫びをあげて転倒してもチラリと目を向けるだけ。レイザルも真っ赤なほっぺたをして黙り込んでいる。
 スキー場に明かりが灯るころに「双葉屋」に帰り着いた。
 夕食は、イワナ塩焼き、馬刺、ホウトウ鍋、ナメコのおろし和え、など。川魚や山菜が苦手なレイザルはほとんど残した。でも、宿のオヤジのことは気に入ったようだ。
 「警察犬を飼っていたけど、死ぬのがかわいそやからやめたんやて。それだけで、やさしい人やあ、とグッときたわあ」。気に入るだけならいいが、壁にかかった絵を指さして
「この絵はご主人が描かれたんですか」と尋ね、ついでに家族構成まで聞き出す。(要は独身かどうかを知りたかったらしい)
「手が早いなあ。オヤジころがしや。モーションかけてるもんなあ」とユミさんは感心している。
 「双葉屋はいい宿や。どや、アタシが選んで予約しただけのことはあるやろ」(サル)
つい数時間前「怖い」とか怯えていたのはいったい誰だったのか。
「アタシがペンション経営したら、ここのオヤジを引き抜くねん」などとのたまう。よっぽどオヤジが気に入ったらしい。 【つづく】

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