おじさんの浜 野波@

1999年9月

 

 バスの運転手さんも民宿のおばちゃんも漁村のおじさんもシャイでいい人ばかり。民宿「なかよし」は、新しくて、広くて、食事もおいしかった。松江は城下町でシックな割に商売っ気が旺盛や。しゃくやから、おみやげコーナーでお菓子全部試食したった。

 

 

 

 

 

 

 

おじさん力

 暗やみの底から間の抜けた音が響く。
  チャポン、ポコン、チャプン…。
  サーっと風が全身を包む。
 あれ、磯の香りだ。そうだ。島根県の日本海の小さな集落にいるんだ。
 間もなく夜が明けた。窓を開け放つと、岬と岬に挟まれた小さな入り江が広がる。「脱衣場」「シャワーあります」などと記された古ぼけた木造平屋が海岸沿いに軒をつらねる。季節はずれの海水浴場は人の気配さえしない。
 浜に出てスケッチブックを取り出す。鉛筆で下絵を描き、水溶性の色鉛筆をといてぬる。
「きょうは新しい画風を開拓すんねん」
レイザルはやけに真剣な顔つきだ。鉛筆のスケッチはうまい。このあとササーッと薄い色をつければできあがるのがいつものやり方だが、今回はちがう。
 「エイヤ、ホイヤ」と気合いを入れながら、色をのせた筆をベタッ、ベタッとスケッチブックに押しつけ始めた。
「新しい芸術や」と得意そうだが、5秒後には黙り込み、10秒後にはスケッチブックをパタンと閉じ、
「やめや」
のぞき込もうとすると
「あかん、きょうは失敗や」とふさぎ込む。何とまあ気分の起伏が激しいこと。
 僕が色を塗っていると、浜の右手の海の家の方から、野球帽をかぶったおじさんが歩いてきた。日焼けした額に刻まれた皺がいい感じだ。
「こんにちは」と声をかけると、黙って右手をあげ、おもむろに口を開いた。
「絵描きの卵か。ええ趣味や。金かからんし」
「いえ、単なるド素人です」
「いや、ええ趣味だ」
断固とした調子で言い放つと、突堤の先端につないである舟に向かって歩いていった。間もなく、舟に乗り込んだのか姿が消えた。
「ええな、ええな、おじさん、ええ感じやな」。レイザルがはしゃぎだした。【つづく】

 

 

 

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