仙人の浜 野波A

1999年9月

秘密のサザエ

  と、今度は、だれもいないように見えた突堤の先端から白いビニール袋を左手に提げたおじさんが歩いてきて、僕の後ろに立った。
  漁船のなかにいたのだろうか。
「わしも絵描くの好きだ。子どものころ絵描きになりたかったが、親父に反対されてあきらめた。でも、今でも描いている」
「何が獲れたんですか」
袋の口を広げて見せてくれる。ウマズラ(カワハギ)、カマス、それにサザエ。
「これ、あげるわ。夜までならもつから」
サザエを8個、地面に転がした。ふたがあき、ちょろりと軟体がのぞく。生きている。
「そんな、悪いですよ。夕方まであちこち歩いたらダメになっちゃうし」
「大丈夫だ。今とったばかりだから夜までもつ」
断固とした口調で迫る。
「昔から今まで描いてきた絵は残しているんですか」
「絵は片手間。それより、手作りのサザエのペンダントはきれいだよ。ここでしか獲れないサザエのフタで作るんだ。それに絵を描く。あんなきれいなサザエはどこにもない」
独り言のようにつぶやいた。
  立ち去ろうとするおじさんに礼をいうと、振り返らず右手をあげ、砂浜を海の家の方向に歩いていった。
  5秒ほどして振り返ったらもういなかった。
「なんやキツネにばかされてるみたいや」(レイザル)【つづく】

 

 

ちょっと不思議な雰囲気の少年