駅を出るとなんだか懐かしい。「髪切童子」という名の大正建築風の床屋のせいだろうか。
線路をわたり石の敷かれた細い坂道へ。両わきに民家が連なり、便所の臭いが生活を感じさせる。師走の冷たい雨がそぼ降り、空気がしっとりと重い。
石段を500段ほど登ったところが千光寺だ。
お守りを売っていたおばあさんは、84歳というのに肌はつるつる。60代にしか見えない。
「若い人がいっぱいきて、話をするからだろうねえ。ここのお守りはいろいろ願い事をかなえてくれますよ。交通事故にあって同乗者は首にけがしたのに、お守りをもっていた人だけは無事でお守りの首が折れていた、とか、いろいろなお礼の手紙がきます」
目が飛び出るダルマは文字通り「目が出るように(出世)」、瓢箪型のお守りには5つの小さな瓢箪が入っていて「6びょう」(無病)息災。神仏は信じないけど、発想には感心する。
おばあちゃんが嫁入りした当時は、深夜に1時間ごとに鐘をつくから夜は眠れなかったそうだ。戦争中は電気がないから、真っ暗な山道は怖くてしかたなかったという。今はみんな時計をもっているから鐘つきは午後6時だけだ。
4ヶ月後、今度は春に訪れた。
数年ぶりに来たツレは駅を降りたとたんに嘆息した。
「昔はこんな大きなビルなかった。桟橋も石積みで、いい雰囲気やったのに…」
駅前は再開発の真っ最中、港の上は都会ずれしたビルが建っている。
つづく