サルは「女人禁制」にはひっかからへんやろけど、歩くのしんどいし、やめといた。でも、温泉とイワナとビールはうらやましい。豆腐もほんまにおいしいらしいで。惜しいことしたわ。
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不倫カップル
ドスンドスンと地響きがする。
だれや、夜中に他人の家の扉をたたきやがって。薄目を開ける。真っ暗。部屋が広い。右を見ると隣の布団に男が寝ている。ウワッ、なんや。 いっぺんに目が覚めた。
「お客さん、起きてください」。ふすまの向こうでおばちゃんの声。 ここは西宮の家ではない。奈良は吉野・下市口駅近くの「料理旅館・大正館」だ。したがって隣のおっさんは僕を襲いにきたホモではない。
午前6時、予約してあったタクシーが来る。昨晩は2人で、ウィスキー1本とビール8缶をあけたから胃がムカムカしてウィスキー臭いげっぷがたてつづけに出る。
台風で倒れたスギを横目に、1時間ほどで洞川の奥の大峰大橋に着く。便所に入って、指を喉に突っ込んでアルコールを吐き出した。
昔の「女人結界」の門をくぐり、スギ・ヒノキの林を歩き、いくつかの茶屋をすぎる。シーズン中は善男善女たちが、汗をぬぐい、茶をすするのだ。山が閉じた今は静まりかえり、信仰登山の団体の布が風にはためいている。柔らかな日差しが寂しさを際だたせる。
山上ケ岳までは3時間ほどである。風が冷たいが、鼻水が出ていたのがウソのように治っている。山に入ると多少の風邪は治まるから不思議だ。
「この季節なら不倫カップルでも来れるんちゃう?」 同行のおじさんは言う。
かつての上司に「男は35歳から50歳までが一番もてるんや。ほかにやりたい仕事がないなら、いま会社やめるのはもったいないで」と言われたのを思い出した。
10年ほど前のちょうど同じ季節、山上ケ岳のわきの「女人結界」の看板の前で、50歳前後のキザなおっさんと20歳代後半の女性のカップルを見たことがある。
「女の子は登っちゃいけないんやて。残念やなぁ」(女)
「大丈夫や。だれもおらんから。行こう」(男)
(自分の娘みたいな女と山でイチャイチャしようなんて、フトドキなやヤツだ)。
もてない学生だった僕は、後ろから足音を忍ばせて近づき、 「こんにちは」と声をかけた。2人ともたいそう驚いていた。ざまあみろ、と思うと同時に空しかった。
【つづく】
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