熊の爪痕、サルの糞
宿からは、乗り合いのシャトルタクシーがある。2000円で弁当つき。しかも帰りは500円と、タクシーよりはるかに安い。
8時半に出発。30分ほどで村営のバンガロー村と温泉がある暗門に着く。ここでチケット(1200円)を買い、津軽峠までシャトルタクシーで20分ほど走る。
運ちゃんが、「マザーツリー」と呼ばれるブナの巨木へ案内してくれる。堆積した落ち葉で足元の土はふかふかだ。
胴回り4.45メートル、高さ30メートル、樹齢300年ほど。斜面に生えていたら寿命が来る前に自重で倒れてしまうが、平坦な土地だからこれだけ大きくなった。木が倒れたら空中に大きな空間ができて光が注ぎ、苗が育つ。すぐわきに大木が倒れてできた日だまりがあり、そこにブナの幼木が生えていた。
午前10時に歩き始め、1時間ほどでこの日の最高点の高倉森(829メートル)に到着し、早めの昼食をとる。握り飯がうまい。水のせいか、さわやかな甘み。あとで谷川の水を飲んだら同じ味がした。
「土もフワー、ごはんもフワー、人間もコンクリートのところじゃカチカチになってまうねんな」。レイザルはわかったようなわからんようなことを言う。
展望のよいピークで、おっさん3人組が休憩していた。県の委託で、登山道の急坂にロープをはっているという。レイザルが見つけた緑色のウンコは、人間のに似ているけど、おっさんらによるとサルのものだった。木の幹には熊の爪痕が無数にある。
おっさんがチシマザサの茎の先端を引っこ抜いて、白い柔らかい部分を口に入れる。「竹の子のないときは、サルはこれを食べるんだ。くせがないし柔らかいしけっこういきる(いける)。人間は猿や熊の真似をして食い物を見つけたのかもな」。口に入れるとエグミがなく、あっさりと食べられる。
「西側は大きな木がたくさんあるのに、東側はぜんぜんないのはなんでや?」と関西弁まるだしでレイザルが尋ねた。「いい質問だ」とおっさんの1人が頷く。
「冬に西から強い風が吹いて、東側に雪庇ができる。5、6メートルも張り出してドーンと落ちるから、木が大きくならねえ」。西側のブナの森とちがい、東側の斜面はところどころ地肌をさらし、土砂崩れも目立つのはそのためか。
展望台からは急な下りが続く。レイザルは亀のようになり、平均時速1キロを切る。態度はでかいが急坂は苦手なのだ。
谷筋におりるとミズナラの巨木があらわれる。数年前に白神でたっぷり食べた白い鱗のようなキノコもたくさんある。日のあたらない林床は、シダが緑の絨毯のようにおおっていた。
午後2時すぎに暗門に到着。温泉で汗を流し、ビールをあおった。 【つづく】