生命混沌 屋久島の山A

1997年8月

官能の山からジュラシックパークへ

 分岐点に荷物を置き、永田岳を往復する。わずかな30分ほどだが、最後の急登はつらい。巨大な岩をよじのぼるとようやく山頂にたどりついた。午前11時50分。
 岩肌に紫のリンドウが1株、いたずら好きの妖精のように笑っている。
 岩の間に腰をおろし、ラーメンに餅とワカメを入れて昼食にする。ハニーミルクと粉末のほうじ茶を混ぜて水を注いで飲むと抹茶シェイクのようでうまい。
 突然、霧がスーッと流れ、宮之浦岳が姿をあらわした。
 なんだか色っぽい。何に似ているんだろう。しばらく考えて気づいた。青空の背景に浮かぶ、なだらかな緑の曲線の山の頂上に、巨大な岩がぽつりとある。曲線は乳房、頂上の岩は乳首だ。
 分岐点までの鞍部にある小川で水を飲み、上半身の汗をぬぐう。水面に顔を近づけて源流の方を眺めると、青空から滾々とわいてくるようだ。陽光に輝き、若草色のコケや草のあいだをほとばしる。水は天からの贈り物である。
 午後1時をすぎるとすっかり霧に覆われた。クマザサの原っぱから、森に入る。
 とにかく暑い。シャクナゲやヒメシャラなどの根がヘビのようにのたうち、歩きにくい。倒れた杉から若木が育ち、人形か土偶のような根がごろりと転がる。ジェラシックパークの世界だ。百名山をほとんど登ったというおじさんは
「驚きの連続ですよ。こんな世界が日本にあるなんて」と呆然としている。
 新しくてきれいな新高塚小屋を通過し、1時間ほど下り高塚小屋に泊まる。         【つづく】

永田岳から望む宮之浦岳